離脱

6/10
前へ
/159ページ
次へ
飛行機の到着便が夜だったため、病院の時間外出入口から、中に入る。 静かで、しん…としていて、ロビーにも人はいない。 「ここの、ドクターがうちのお客様ですぐ見て下さって、病室も手配してくれたんだ。」 無事に一通りの治療が終わり、お礼を言った紘に『彼はある意味日本の宝ですから。』とドクターは笑っていた。 病院に到着しても、紘は病室に入ろうとしなかった。 和解したとは言っても、まだ、少しためらいはあるようだ。 「お兄さん、入らないの?」 「ごめん、由佳ちゃん。入っていて。」 由佳はこくり、と頷いて、病室のドアをそっと開ける。 「由佳。」 楠田はベッドで身体を起こしていた。 薄暗い病室で、目を開けてぼんやりしている様子にいつもの覇気を感じず、少し、切ない気持ちになりながら、由佳はベッドに歩みよる。 「お父さん。大丈夫なの?」 「うん。発見が早かったので、助かった。」 「お母さん、付いてたのね。」 個室のソファで、肘掛を枕にして、母は眠ってしまっていた。 毛布が掛けられている。 その母を、父は温かい瞳で見つめていた。 「というか、お母さんがいち早く気付いて、病院まで、運んでくれたんだ。救急車を呼ぶより、良かったかも知れませんとドクターが感心していたよ。」 疲れたろう、と父が母を見る、その表情は優しい。 「由佳、絋は来ているな?」 「はい。外にいます。」 父は苦笑した。 「本当に、誰に似たのか頑なだな。アイツは。」 「お父さん、お兄さんのお相手の方が連れてきて下さったの。」 「そうか…見所がある…と板長代理が感心していたが。一緒に入ってもらいなさい。」 「大藤さんもいます。」 「大藤…?…あの時の、立役者かな…。そう、彼も…。こんな姿だが、差し支えなかったら、入ってもらおうかな。お礼を言いたいし。」 「はい。」
/159ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6565人が本棚に入れています
本棚に追加