6565人が本棚に入れています
本棚に追加
「それだけのものではないです。例えば、今日のお料理を亭主に、ご確認いただく時も、板場では、『うん、いいね。』という亭主の一言があるか、ないかだけでも全く違うんです。
お褒め頂けたら、それだけでもまた頑張ろう、という気になれるんです。」
楠田が驚いた顔をしていた。
『くすだ』では、その日の料理を亭主が板場で確認する。
フルコースで出すわけではなく、小さな欠片を少しずつ口に入れるのだ。
そこで、感じ取ったことを亭主はお客様に、ご案内するのである。
確実な舌がないと出来ないことでもあるし、的確に指摘出来ないと、板場も困る。
亭主はお客様だけのものではない。
沢木はそう言ったのだ。
それは、絋も初めて聞いたのだろう。
近くで、驚いた顔をしていた。
「そうか…そんな風に思ってくれているのだね、」
楠田の柔らかい声がその場に落ちる。
「『くすだ』にとって亭主はかけがえなく、私達を導いてくれる光の様なものでもあります。宝、なんです。」
「褒め過ぎだ。」
「褒めているんではないです。事実です…。そういう意味では、かけがえのない存在なのですが…もしも、それを今代わりに出来る人がいるとしたら、絋しかいないです。」
「誠…、僕には、荷が重い…」
「では、『くすだ』を閉めるつもりですか?
亭主がいなければ、回せないです。それが、『くすだ』ですよ。」
絋と沢木の、そのやり取りを大藤は、黙って見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!