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「楠田さんはどうされたいですか?」
大藤の声に、絋と沢木は黙り込む。
「そうだな…とても、迷うよ。」
言葉を選びながら話す、楠田にみんなは黙って、その声に聞き入った。
「実は、明日から一週間の予約はすでにお断りした。数件のことだからね。
けれど、これからの経営、となると、…まだ方向性は確定していないし…こうしたい、という思いがあっても、私には難しいかもしれない。では、代替えは、と言っても…。今更、絋に無理強いするのはどうか、と思うしねぇ。」
老舗を背負うのは楽ではないことを知っているから、絋に頼むのも、どうかと思うのだ。
事は単純ではない。
沢木は絋しかいない、と言う。
しかし、『くすだ』にとって、板場は必ず味方につけねばいけないところなのだ。
絋が迷っていて、引っ張っていけるようなものでもない。
光だ、というのならば、迷いは許されない立場なのだから。
凛として輝き続ける為には、強さが無ければならないけれど、強さだけでは、人は付いてこない。
付いていくに足る、信念と覚悟がないと。
「絋、無くしたくない、やりたくない、では通じない。お前も、ある程度、覚悟を決めなさい。とにかく、今週は、時間をあげよう。
沢木くんともよく考えて、結論を出しなさい。」
「分かり…ました。」
「大藤さん…いろいろとご迷惑をかけて、申し訳ない。」
ベッドの上から、楠田が頭を下げる。
「いいえ。何か、お役に立てることがあれば、お申し付け下さい。」
「由佳、」
「はい。」
「いい人を見つけたね。」
「ありがとうございます。」
会話を交わした時間は、少しだけだけれど、大藤の思いや気持ち、覚悟も含めて伝わったのだろう、と思う。
大藤は初めて、楠田の前に立ったが、不思議な人だな、と思った。
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