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敵もさるもの
デパートの1階にある化粧品売場。
その中の、国産ブランドの1つが、楠田由佳の勤める『ブレア』だ。
その、シンプルなデザインと、シンプルな使用感などで、OLになったら使いたいブランド、として、人気がある。
『ブレア』は百貨店ブランドとして、展開しており、デパートでしか購入することが出来ない。
また、個々の販売員のスキルが高いのも、人気のひとつだ。
しかし、そのためには、多数の厳しい研修やミーティングを何度も行う、影の努力があると、由佳は思っている。
ブレアは国産化粧品ということもあり、イメージとしては、大人しいイメージであり、使っているカラーも、普段使い出来るものをメインとしている。
だから、いわゆる美容部員と呼ばれるスタッフも、ナチュラルメイクのスタッフが多い。
しかし、店長にあたるマネージャーの末森を筆頭に、アシスタントマネージャーの元宮奏も楠田由佳も、それぞれ雰囲気は違うものの、元の顔立ちが整っている。
マネージャーの末森は、仕事が出来る感じのきりりとした美人で、ハキハキした声とベリーショートヘアが特徴だ。
アシスタントマネージャーの元宮奏は、小柄な小悪魔美人。
黙って澄ましていると、話し掛けにくい雰囲気だが、その笑顔は魅力的で、お客様にファンも多い。
そして、楠田由佳はスラッとしたモデルのような身長とスタイルに、オリエンタルな顔立ちが目立つ。
由佳は今、この店では、リーダーと言う立場になり、3人の部下を抱えて面倒を見ている。
奏に、夕方の忙しくなる時間の直前、今のうちに休憩に行ってきていいよ、と言われ、まずは3階の婦人服売り場に向かった。
取り置きをお願いしていた服を、取りに行くためだ。
そこで、服を受け取り、そのまま、5階の休憩室に行くのに、階段を上がろうとしていたところ、ストックの奥から、声が聞こえた。
「最低…っ!」
そこから出てきたのは、受付の制服の女性。
デパートでは花形だ。
キレイにまとめた髪と、キレイなお化粧。
彼女は由佳と目を合わさずに、足早に横を通り過ぎて行った。
それにしても、なにが…。
奥を見ると、腕を組んで、壁にもたれている男性の姿が見える。
綺麗なスーツ、整えられた髪型、フレームレスの眼鏡。
あの人だ…!
ふと、奥から歩いてきたその人と、つい足を止めてしまっていた由佳と、目が合う。
「おや…。」
「……。な、なにも見てません。」
「そうですか…。」
彼はためらいなく、由佳のあごを持ち上げて、近くの壁に腕をつく。
…っ…ちか…っい…。
背が高いので、見下ろされる感じも、顔の横に腕をつかれて、逃げられない感じも、この距離感も…、彼からはためらいを感じない。
その空気が冷たいような気がして、背中はひやっとして、どきどきするのに、逆に顔は熱くて、自分がよく分からない。
「困っているんですよ。」
「っ、そ、そうなんですか…。」
「女性が必要なのですけど、先程ご覧頂いた通りで、振られてしまったので。」
唇がくっつきそうなくらい、顔が近い。
低くて、よく響く声。
冷たく見える整った相貌。
口元は微笑みを形作っているけど、決して笑ってはいない。
「あの…えっと、私は…。」
「肌、綺麗ですね、楠田さん。」
指でするりと頬を撫でられ、由佳は身体がビクンとした。
彼は由佳の名札を見て、その名前を呼んだ。
恐らく、ブランドも知られたし、どうしよう。逃げられない。
初めて姿を見た時は、どんな人だろうって、ちょっと素敵かなって、思ったけれど、冷たくて、妖艶な笑みを浮かべているこの人は何者なの?!
「い…ちおう、美容部員なので…。」
「は?」
「え?肌…ですよね。」
「肌…ああ…」
ふっと、笑われたそれは、本当の笑顔だった。
「うん、そう。肌です。楠田さん、気に入ったな。すみません、この後、お時間ないですか?正確には業務後で構わないのですが。
本当に困っているので、助けて頂けると有難いのですが。」
彼は身体を起こして、由佳の前に立つ。
真っ直ぐに立つその姿勢は、見蕩れるくらいに綺麗だ。
やはり、背が高い。
由佳も背は高い方で、さらに会社の規則でヒールのあるパンプスを履いているため、恐らく170センチは超えているのだが、この人はさらに背が高い。
180センチは超えているだろう。
由佳は、ふっと息をはいた。
「どういうご用向きなんでしょうか。」
「ある方とお会いするのに、恋人がいる、とお伝えしたので、それならば連れてきてほしいと言われたのですよ。けど、あの通り逃げられてしまって。」
「身代わり、ですか?」
彼は苦笑する。
「まあ、そういうことです。」
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