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確かにそうか、と思う。
秘書は役員に付ききりのことも多いし、社外秘の情報もあるのだろうから、あまり、聞き出そうとすると、失礼になるかも。
由佳はそう思って、仕事のことはあまり聞かないようにしようと思ったのだった。
「大藤さん、…」
「久信さん、と呼んでもらえますか?今日は…。」
「久信さん…、なぜでしょう?」
「弊社の取引先に、妙齢のお嬢様がいらっしゃるとやらで、紹介したいと言われたのですよ。けど、私は興味ないので。
かと言って、興味がない、とお断りする訳にもいかないですから、交際している方がいます、と先方にお伝えしました。」
「それで、終わり、じゃないんですか?」
「敵もさるもの、でして、そんな相手はいないのは確認済みだ、と言うんですよね。」
「それは、手強いですね。」
「水掛け論になりそうだったので、では、お付き合いしている方を、食事に同席しますと伝えたんです。」
名の知れた、老舗デパートの秘書室所属で、役員秘書。
見た目も悪くないし、確かに妙齢とやらのお嬢様に紹介したい、と思うのも無理はないかもしれない。
ソフトな人当たりだし、所作も綺麗で洗練されている。
けど…、
「では、あの彼女でよかったのでは…?」
なんと言っても彼女は、受付嬢である。
見た目も、おそらくはお家柄も、申し分はないはず。
「本気ではないのに、本気になられても困りますから。」
大藤はふっと目を伏せて、眼鏡を押し上げる。
その一瞬で、彼の真意はつかめなくなってしまった。
けど、本気でそう思っているんだろうなあ、ということは分かる。
「身体の相性が良かっただけに、残念ではありますけどね。」
ごほっ!!
「久信さん…。それは最低って言われます。」
「そうですか?」
本人はケロリとして、由佳に笑顔を向ける。
この、笑顔…が曲者なんだろうなあ…。
整った顔立ち。
白皙、というのだろうか、白くて、ひんやりとした彼のイメージは、確かに、男性が苦手な女性にも好かれそうだ。
「悪い人ですね。」
そう言った由佳に大藤は面白そうな顔で笑う。
そうなのだ。
大藤は、たまにこんな顔をする。
作られた表情ではないそれに、由佳は時折、どきんとするから、その表情はやめてほしい。
「いいですね、それ。そう、悪い人なんですよ。」
「あ、私は…」
「楠田由佳さん、ですね。ブレアの店員さん。由佳さん、と呼んでいいですか?」
「は…い。」
なるほど。
由佳のこともすでに確認済みらしい。
男性から名前で呼ばれることなどない由佳だ。
急に、そんな風に名前で呼ばれて、その響きに、正直、息が止まりそうになったけれど、すんなり頷くことで、その場を流すことに成功した。
本気にはならなくて、交際に興味がなくて、悪くて、身体だけの関係も厭わない人。
雰囲気がいいから、どきっとはするけど、それだけだ。
この人に本気になってはいけない。
この人は本気になることはない。
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