100円の大恩

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 ……やばい。  俺は背中に汗が伝うのを感じた。  100円だ。  100円足りない。  今日は、彼女との初めてのデートだった。デートコースの最後、高級レストランでの会計。支払いの段階になって、手持ちの金が100円足りないことに気づいたのだ。 「マジかよ……」  思わず、つぶやきが漏れる。  無意識に、床に視線を走らせた。もしかして、どこかに100円が落ちてないないか。むろん、落ちていない。  くっ、こんなことならちゃんと電卓かなにかでデートの予算を計算しておくんだった。頭の中でのどんぶり勘定が、こんな致命的なミスにつながってしまった。  どうすればいいんだ……。  俺は抱えたくなる頭をフル回転させた。  彼女から借りる、というのが一番早い解決法だろう。だが、できない。なにしろ、今日は初めてのデート。この状況でお金を借りるなどという醜態をさらせば、確実に今日が初めてにして最後のデートになってしまう。口説いて口説いて口説き落として、やっとここまでこぎつけたのだ。彼女にお金を借りるという選択肢はない。  ああ、まずい。そろそろレジの人や彼女の視線が、いぶかしげなものに変わってきた。ちくしょう、ここまでか。  と、その時、いきなり周囲の人間が動きを止めた。彼女もレジの人もいぶかしげな視線を固定させたまま、呼吸すら止まっている。  な、なんだ? 「お困りのようですね」  そう、背後から声がかかる。  俺が振り向くと、そこに身なりのいい紳士が立っていた。 「な、なんなんだ、あんた?」 「私は未来で貴方に大恩を受けた者です。タイムマシンに乗って、この時代に来ました」  未来人? タイムマシン? 「いま、特殊な装置で時間を止めているのです。なにやらお困りの様子ですが」 「あ、ああ。実は」  かくかくしかじか、と事情を説明すると、紳士はうなずき、 「分かりました。私が100円を差し上げましょう」 「いいんですか? た、助かります」 「いえいえ、こんなことならいくらでも。私が貴方に受けた恩に比べれば」  俺に100円を渡すと、紳士の姿がすぅっと消えた。  呆然としていた俺の周囲で、人々が動きを取り戻す。 「ねぇ、どうしたの?」  彼女が不思議そうに聞いてくる。 「あ、ああ、なんでもないよ」  そう言って、俺は冷静さを装い、レジの会計を済ませた。  外へ出た俺は安堵のため息をつく。これで、あとは彼女を家まで送り届ければ、ミッションコンプリートだ。  それにしても、さっきの紳士、ほんとに未来から来たんだろうか。俺に受けた大恩っていったい?  と、そこでいきなり車のブレーキ音。衝撃とともに、俺の意識は闇に飲まれた。  救急車が到着する様子を物陰から見ていた紳士は、ぽつりとつぶやく。 「貴方が臓器提供してくれたおかげで、私はこうして生きていられる。それを考えれば、100円など安いものです」
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