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「こ……これ、まさか、坂田さんが撮ったんですか?」
「ああ……実はな、この写真を撮ったのは、俺……じゃない」
ずるっ。
私はあからさまにずっこける。
「撮ったのは……俺の息子だよ」
「!?」
意外だった。坂田さんはずっと独身だと思ってた。
「坂田さん……お子さんいらっしゃったんですか?」
「まあ、若気の至りってヤツかな。俺が十九の時に、いわゆる、デキちまった、ってヤツでな。そのまま学生結婚して……だが、やっぱり俺も妻……いや元妻も、お互いまだまだガキだったんだよな、あの頃はさ。それで、上手くいかなくなって、早々に離婚……親権は向こうだ。それ以来、元妻とも息子とも会ったことはない。と言っても、電話やメールで連絡は取ったりするし、一応息子が二十歳になるまでは俺も養育費は払ってたがな」
「そうだったんですか……」
確かに、撮影者名をよく見ると、名字が違う。
「だけど、なんつーか、蛙の子は蛙っていうのかなあ。別に誰に言われたわけでもないのに、アイツは写真に目覚めてな。しかも、若い内から頭角を現した。この写真を撮ったとき、アイツは二十歳そこそこだったよ。それでももう雑誌に載るほどの腕前だったのさ」
「……」
「正直、俺はアイツに嫉妬したね。もちろん息子の活躍が嬉しくなかった、と言えば、それもウソになる。が……それ以上に嫉妬の感情の方が強かった。俺はいつまでたってもしがないスタジオカメラマン。だけどアイツは一線で活躍するフォトグラファーだもんな」
私は坂田さんのその気持ちが、痛いほど分かった。確かに私も、後輩の入選が嬉しくないわけじゃない。でも、それ以上に嫉妬の気持ちの方が強い。だけど……
彼の場合は、その対象が血を分けた実の息子なのだ。おそらく嬉しさと嫉妬の両方の度合いも、私の比じゃないと思う。そして、それだけに彼の心の葛藤も、私とは比べものにならなかったに違いない。
「息子の活躍が素直に喜べない俺は、どこかおかしいのか、と悩んだりしたこともあったよ」
ああ、やっぱり。
「でも、しょうがないよな。赤ん坊だった時以来、会ったこともないんだもんな。父親、っていう実感がねえよ」
「そうなんですか……息子さんとお会いしたい、とは思わないんですか?」
「アイツが会いたい、と言わなきゃ会わねえよ。そして、アイツは今まで一度も会いたいとは言ってない。そもそも、元妻は俺と別れてすぐ再婚してるから、アイツにとっての事実上の父親は俺じゃなくてその再婚相手なのさ。でも、メールは何度かしたことあるけどな。ちょっとした近況報告程度だが」
「今、息子さんはどうしてらっしゃるんですか?」
「アイツは今はもう写真は撮ってない」
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