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「軽く湯を浴びてくる。落ち着かねえ」
「はあ、わかりました」
お前はいいのか、と視線で問われたが、素知らぬていで土方の布団を取り出すと、小さく嘆息が聞こえ、やがて姿を消した。
布団敷き終え、井戸端で湿らせた手ぬぐいで身体を清めると、二人分の布団に大の字でうつ伏せる。大所帯ではなかなか出来ない贅沢だ。
「……」
総司は瞼を伏せた。祭りの大はしゃぎの後で、やけに感傷的になっている。
「……」
静かだ。複数の寝息と、いびきと、鈴虫の声。人はいるのに、誰もいない。
気を紛らわそうとごろりと寝返りを打ち、総司ははたと動きを止めた。土方の枕に顔をうずめ、すんと鼻を鳴らす。
(やはり、ここだ)
女人などいるはずもない男所帯で、時折柔らかな香りが漂っていた。
気になってはいたが、恐らく師の妻であるつねのものだろうと仮定して、考えないようにしていた。
女人の香りに揺らぐなど、恥ずべきことだと思ったのだ。
加えて、異性である。確かめるにしても、気さくなくせに妙なところで照れ性な総司には、本人にも周囲にも訊く勇気はなかった。
しかし、
(あんただったとは)
総司は解いた髪を指で梳き、くすくす笑った。
転がって自分の布団に戻ると、同様に枕に顔を埋めた。
何の香りもしない。汗くさくない分ましであったが、面白みがない。
しかし祭りで気分が高揚していた為か、面白みがないことさえ却って面白く、声を潜めて笑った。
(あんただったとは!)
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