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「憶えてますか、土方さんが天然理心流に入門って来た日」
沖田は、道場の床に足を投げ出して座る自分の爪先を見つめながら言った。唐突に語りかけるのはいつもの事だ。
「ああ。てめえがおれに負けてべそかいたんだっけな」
「違いますよぅ。べそをかいたのは土方さんです」
「なんだと、この野郎」
戸口に佇んでいた土方が振り返り、拳を作ってみせた。沖田は笑いながら、頭を庇うしぐさをして応じる。
「でも、土方さんが負けたのは本当だし、わたしが泣きかけたのは本当ですね」
沖田がしおらしいと不快なのか、土方は黙ってまた外を眺めている。
長い漆黒の髪が、春風に揺れた。満開の桜と黒色は仲がいい。沖田は目を細めた。
「わたしは悔しかったんですよ」
「そうか」
何が、とは問わない。
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