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再び彼女を見かけた時、ぼくは声をかけるべきかどうか、悩んだ。
しばらくぼうっと立ちながら考え、それでも結局声をかけてしまったのは、彼女という存在が、思っていた以上に印象深く、そしてしつこく、脳裏にへばりついていたからだろう。
「今日も仕事はサボり?」
大きな木の下で膝を抱えて座っている彼女の身体は、以前見た時よりも心なしか小さくなっていた。
翼の色はより黒くなり、ところどころが曲がり、歪み、まるで枯れ枝のようになっている。
これではもう、まともに飛ぶ事も出来ないかもしれない。
「また、逢えましたね」
そう言って顔を上げながら、彼女は笑った。あの時と同じ、きらきらとした、やさしい笑顔だった。
ゆっくりと、隣に座る。彼女は少しだけ驚いた様子でぼくを見たけれど、かまわなかった。
確かに仕事もあったけれど、こういうのもたまには悪くはない。
何よりこれが、今が、彼女と会話出来る、最後の機会だと思ったから。
「……聞かせてくれる? 君が今、思っている事」
穏やかな風が吹き渡り、彼女の髪を、木々を揺らす。彼女の瞳は澄んでいて、どこか遠くを見ているようだった。
ただ、その表情から、彼女の感情を読み取る事は、ぼくには出来ない。
ゆっくりと時間が過ぎていく中で、ようやく唇を開いた彼女は、初めて悲しげな表情を浮かべた。
「――天使は、ヒトを幸せにする。ヒトに幸せを運ぶ。……わたしは天使を、人々を笑顔にする存在だと思っていました。天使になったら、皆を幸せにしてあげられるんだなって……ずっと、そう思っていました」
彼女の想いが言葉になって、辺りをやさしく包みこむ。ぼくはその感触を確かめるように、目を閉じた。
そして、彼女に代わり、その言葉の続きを口にする。
「――けれど。ぼくたち天使の唯一の仕事は、『人々が幸せになれるよう、心から願い、そして見守る事』。それだけなんだ。神も天使も、いろいろな事が出来る。でも、だからこそ、ヒトの世界に直接干渉してはいけないんだよ」
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