うわばみの戯言

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うわばみの戯言

 酒井豪はその夜も一升瓶傾け、グラスに酒を注ぎながらテレビの番組にいちゃもんをつけていた。 豪が飲み過ぎないように、妻の妙子と大学生の息子の彰良が注意しても、聞く耳を持たず、また空になったグラスに酒を注ぐ。  その日の番組では「冷凍人間」をとりあげ、脳腫瘍に侵され亡くなった幼児の脳を、いつか治療の道が開かれる未来へと希望を託して、両親が大金を払って、冷凍保存をアリコ―という会社に依頼した話を取り上げていた。 「これってありか?健康な脳を冷凍保存するならまだしも、ダメージを受けた脳を手術可能になったら解凍して、手術後に他の身体に移植するんだろ? 仮に治療ができるようになったとして、その頃、この子の両親は生きているのか?」 「でも、あなた。第三者から見れば理解できなくても、たった数年しか生きられなかった子供の死を、そのご両親は受け止められなくて、未来に生き返る可能性にすがったんじゃないかしら?」 「母さん、仮に俺があの子みたいな状況で脳だけ冷凍されたとして、誰かの身体に移植されて生き返ったとするよね。でも脳は修復されたときに性格や記憶がそのままだとは限らない。父さんと、母さんに再会した時にまるで別人のようになっているかもしれないのに、それでも大金を払って冷凍する?」  彰良の質問に、妙子は思案気に頷いたが、豪は首を捻って難しいなと呟いた。 「姿が変わっても、お互いを認識できれば大金を払ってでも生かしたいと思うけれど、全く別人になるなら考えものだな」  妙子も彰良も、まだ豪の理性があるうちは相槌を打っていたが、豪の呂律が回らなくなるにつれ、次第にそわそわし始める。 「でもさ、まだ解凍の技術がないんだぜ?刺身だって表面だけ解凍で中身が凍っていたら意味ないし、上手くないだろ?ああ、そっか、俺が人間が入る大型電子レンジを開発して、生もの解凍できるようにすればいいのか。チン!解凍人間一丁ってな。あははは…」  豪の目が座って大ぼらを吹き、支離滅裂なことを言い出す頃には、二人ともうんざりとして、絡まれないようにさっさと自室へ引き上げていった。  それを目で追いながら、豪はチェッと舌打ちをした。 「何だよ、二人とも!俺がせっかく面白い話をしてやっているのに避けやがって。誰の稼いだ金で生活してると思ってるんだ?」  ダンとグラスを床に打ち付けると、グラスの中身が絨毯にこぼれた。 「ああ、やっちまった。高い絨毯を汚すと怒られる」  そう言いながら、濡れた絨毯に口をつけチュウ―と吸った。 「へへへ、酒ちゃんもったいないもんな~」  そのまま床にうつぶせて酔いつぶれた豪は、寝返りをうったひょうしに引っ掛けて酒瓶を倒し、中身が絨毯に溢れ出たのも知らずに、幸せ気分で眠ったのだった。
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