副作用

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副作用

 日が経つにつれ、豪の意識ははっきりとして、歩行訓練や脳のトレーニングなども問題なくこなせるようになった。  “喉元過ぎれば熱さを忘れる‘の諺通り、酒好きの豪は性懲りもなく、自分の命を落とす原因になった酒を飲みたくて堪らなくなった。  病院の階下にある売店には、リキュール類が一切ないのを確認した豪は、夜にこっそり病院を抜け出し、スマホで調べた近くのパブに潜り込んだ。  スツールに腰掛けワクワクする豪の前に、ドンとお待ちかねのビールの小瓶が置かれる。 「やったー!久しぶりの酒ちゃんだ!」  瓶に口をつけ中身をあおろうとした豪は、その苦味とホップの香りが口内に流れ込んだ途端、喉が詰まって固まった。  一口も飲み込めず、トイレに駆け込んで洗面台にビールを吐き出す。  それでも口の中が気持ち悪くて、蛇口をひねって何度も口を漱いだ。 「変だな。ビールが腐るわけないし、飲み込めないなんて・・・」  首を傾げながら、水割りを注文してみる。 今度は芳醇なウィスキーの香りがしただけで、気持ちが悪くなってきた。 代金をカウンターに置くと、豪はがっくりしながら病室へと戻った。  翌朝の回診の時に、豪は思い切ってドクター・エバンスに聞いてみた。 「えっ?お酒が飲めない?一体どこで手に入れたんですか?」  Dr.エバンスは呆れて一瞬絶句したが、豪にとっては酒が飲めないのは一大事らしく、真剣にどこかおかしいのではないか調べてくれという懇願に、ふと数年前の大型犬を思い出した。  もしかしてと閃いたDr.エバンスは、多種類のアルコールを少しずつグラスに入れ、豪に飲むように勧めた。  豪がグラスに顔を近づけるのを真剣に見守るDr.エバンスは、豪が匂いに顔をしかめるのを見て、口元を少し上げた。 「アルコールの匂いに反応しているようですが、どんなご気分ですか?」 「あんなに好きだった匂いが、今は嗅ぐと気持ち悪くなります。先生何とかなりませんか?」  Dr.エバンスは、豪の口内から綿棒で拭った細胞から微生虫を取り出し、アルコールに対してどう反応するか実験をした。  その結果、肉の脂肪が大好きだった犬が、微生虫を使って解凍された時に、動脈硬化の元になった肉の脂肪を食べなくなったのと同じように、豪の場合も命を落とす原因になったアルコールに対し、それぞれの細胞の微生虫が反応して何かしらの分泌物を出していることが分かった。  微生虫にとっては宿主の身体を健康に保っていなければ、自分達も共倒れになるのだから、害をなすものに対しては攻撃的になるのではないかとDr.エバンスは仮説を立てた。 「新しい発見だ!冷凍治療だけでなく、微生虫を使った依存症の治療を見出せるかもしれない」  Dr.エバンスは喜び勇んで、結果を豪とその家族に知らせたが、同じく大喜びした妙子と彰良に対し、しょんぼりと肩を落とした豪は力なく呟いた。 「酒ちゃん、バイバ~イ」 「あなた、この世にバイバ~イにならなくて良かったわね」 「ほんと、Dr.エバンスと微生虫に感謝しなくちゃいけないよ。俺も悪酔いしたお父さんに絡まれなくなるから言うことないよ」  妻と息子の言葉から自分の情けない姿を突きつけられ、何も言い返せない豪は、これを機に少しは妻と息子に尊敬される自分になるのもいいかもなと思った。  そしてそのポジティブな思考も、危険物から逸脱するための微生虫の仕業なのだということが、その後のDr.エバンスの研究で分かり、学会で発表されたのだった。  実は微生虫には誰にも暴けない秘密がある。それは宿主が亡くなっても、宿先を変えれば永遠に生き続ける百代の過客(永遠の旅人)であることだ。                                了
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