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「市村信介さん。召集令状です。おめでとうございます」
吉三はそう言うと、私たちの目の前に、桃色の紙を差し出した。
「とうとう僕にも赤紙が回ってきたか。それにしても、赤紙って言うくらいだから、もっと真っ赤な紙なのかと思ってたよ」
夫は笑顔を作って、吉三から赤紙を受け取る。だけど、無理していることは、受け取る手が震えていることから明らかだった。
「ねえ、吉三君、もう少しで子供が生まれるの。今、この人を連れて行かれたら、私はどうしたらいいの?」
私は必死に涙を堪えながら尋ねたが、吉三は唇を噛み締めて俯くだけだ。そんな私に夫が言う。
「吉三君にはどうしようもないことさ。そんなふうにされちゃ、吉三君が可哀想だよ」
だけど、夫の声も震えている。兵隊になんて行きたくない、そんな思いがひしひしと伝わってくる。
「久子、悪いけど印鑑を取ってきてくれないかい?」
「はい」
私は夫に言われるまま、箪笥の中から印鑑を持ってきた。夫はそれを受け取ると、受領証に押印し吉三に手渡す。
「信介さん、久子さん、俺……俺……」
吉三は泣きそうな表情をしている。そんな吉三の肩を、夫はポンと優しく叩いた。
「吉三君、ありがとう」
夫はそう言うと、ビシッと背筋を伸ばし、
「市村信介、お国のために立派に戦って参ります」
と敬礼した。
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