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吉三が去ってゆくのを見届けた私たちは、居間に戻った。卓袱台の上には食べかけの雑炊が残っているが、とても食べる気にはなれない。
「ねえ、あなた。どうするの?」
「どうするって言ったって、赤紙が来た以上、行かないわけにはいかないよ」
夫はそう言うと、茶碗を手に取り、雑炊の残りを掻き込んだ。私はただ黙ってそんな夫を見ていることしかできない。
食事を終えた夫は、バリカンを取り出してきて、
「なあ、久子。悪いが髪を刈ってくれないか?」
と、私にバリカンを差し出す。
「はい」
私は短く答えて、胡座をかく夫の後ろに立ち、バリカンを当てた。髪が黒い塊になって落ちていく度に、夫の命が少しずつ削られて行くような気がして、涙が止まらない。
髪を全て刈り終えた夫の頭は、青々と光っている。夫の背中は、心なしかいつもより小さく見える。私はそんな夫の背中に抱きついた。
「ねえ、あなた、死なないで。必ず生きて帰ってきて。私と、お腹の子供のために」
「ああ」
夫は短く呟いただけで、それ以上、何も口にしなかった。私はそんな夫の背中にしがみつき、ただ泣き続けた。
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