一行の謎

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 驚いて立ち止まり、上を見上げる。廻廊から見下ろしているのは、最初の謎で神烏の石灯籠について教えてくれた内侍、厳島神社の巫女さんだった。 「ここは境内です。殺生はお控えください」  内侍さんの言葉が続く。訳が分からず目で問いかける俺に対し、内侍さんは黙って俺の足元を指さした。俺は足元を見る。そこにあるのは巻貝の尖った貝殻だけだった。 「別に何も……」  言いかけた時、足元の貝殻が動き出した。すすすっと動いていく。巻貝の口に尖った足のようなものが素早く動いている。 「その子たちはヤドカリなんよね。踏みつぶさんといてあげてください」  内侍さんの言葉に辺りを見回す。俺の後ろにもいくつもの貝殻、もといヤドカリが散らばっていた。ゆっくりとヤドカリがまばらな場所まで後ろづさる。 「ありがとうございます。大鳥居の内側は境内です。中にいる間ぁは殺生をお控えくださいね」  言葉のうち、『中にいる間』が印象深く聞こえたのは、さっきまで問題文について考えていたためだろうか。 「すみません。そこの蟹たちに気を取られて足元がおろそかになっていました」  内侍さんの表情が緩む。 「あの子たちはハクセンシオマネキなんよ。シオマネキの仲間で、白いハサミが扇のように見えるんのでハクセンシオマネキ()うんよ。扇なのに日ではなく、潮を(まね)ぇとるちゅうことよね」  いぶかしがる俺を見て、内侍さんは言葉を続けた。 「日招(まね)きの扇と()う伝説があるんよね。平清盛公は厳島の姫君の気ぃを引くため、音戸の瀬戸の開削工事を一日で完成させよぉとしたんと。人夫を集め、急がせたんじゃけど、わずかに間に合わんで夕日が沈もぉとした時、清盛公は扇を振って日を呼び戻し、工事を完成させたんじゃと」  そう言えば、人力車のおじさんも音戸の瀬戸の工事の話をしていた。音戸の清盛像は扇を掲げているとも。だとすると……。
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