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「出発しますけぇ」
おじさんが梶棒を持ち上げると座席は高い位置で安定した。人力車は参道を海沿いに進んで行く。
「お客さんは、どちらから来んさったんかね?」
「東京から来ました」
「やっぱり、観光かね?」
「まあ、そんなところです」
「よぉ来んさったね。宮島は何年かおきにお客さんのブームがあるけぇね。この頃は外国のお客さんにも、えっと来てもろぉとるよ」
「へえ」
「まあ、宮島は昔から神の島で、人が住むようになってからは信仰や交流の拠点じゃったけぇね。古くは弘法大師から一遍上人、明治になってからだと夏目漱石やアインシュタインやヘレン・ケラーなんかも来ちょられるよ」
「そうですか」
答えながら俺は文にあった『日和の間に招き入れ』の部分を思い起こした。もしかしたら招かれて宮島に来た人物に関係しているのかもしれない。
「あの、その中で招かれて宮島に来た人っていますか?」
「ほうよのう」
おじさんは首を傾げた。
「それぞれ経緯があって来ちゃったんじゃと思ぉけどの……。そおじゃ、毛利元就と戦こぉた陶晴賢は宮島に誘い込まれたと云われとる。招かれたちゅうのとはちょっと違うがの」
「すえ……?」
「陶晴賢、厳島の戦いで毛利元就に討たれた武将じゃ。宮島桟橋のそばにその時の城跡があるけぇ、着いたら案内したぎょおかぁ?」
俺は少し考えて、
「お願いします」
と答えた。
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