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「裏からも行けるけど遠回りになるけぇ、石段で行こぉやぁ。案内したげるよ」
おじさんに案内されて、参道脇の商店の横の石段を上る。矢印と厳島合戦古跡の文字が書かれた立札が立てられていた。
「ここは宮ノ尾城址、要害山とも呼ばれとる」
石段はスロープに変わり、丘をぐるりと回って山頂へ続いていた。山頂は擬木の手すりが付けられた展望台になっている。木々の間から瓦屋根が並ぶ街並みが臨めた。西側に五重塔と巨大な瓦屋根の建物が建つ丘があり、その向こうに厳島神社と海沿いに伸びる松並木が見えた。
「五重塔があるのが塔の岡じゃ。当時、元就は周防の国の陶晴賢と中国地方の覇権を争っておった。軍勢は陶の方が多かったため、元就は一計を講じた。間者を通じて、毛利方は宮島を奪われそこに陣を置かれることを恐れとるちゅう偽情報を流したんじゃ。それを信じた陶晴賢は宮島に攻め込み、塔の岡に陣を置いて、ここ宮ノ尾城におった毛利方に攻城戦を仕掛けたんじゃ。毛利方も奮戦し、陶方が攻めあぐねるうち」
おじさんの口調に熱がこもってくる。
「暴風雨の夜、元就が率いる毛利本隊が島の東側の包ヶ浦に密かに上陸し、翌朝、背後の尾根から駆け下りて陶方を急襲したんじゃ。合戦は毛利方が勝利し、陶晴賢を自刃に追い込んだんよ」
「へえ」
俺は背後に連なる尾根筋を眺めた。
「すぐそばまで山が迫っていますものね」
「おぉ、島全体が花崗岩でできとって、急峻な地形なんじゃ。紅葉谷公園から厳島神社の背後に流れる紅葉谷川は過去に何度も土石流を起こし、神社の社殿を倒壊させちょる。見てみんさい。神社の向こうに松並木が見えるじゃろう。あそこは過去の土石流で流れてきた土砂を使おて埋め立てていった西松原じゃ。先の方は昭和二十年の枕崎台風の時の水害の土砂でできとる」
遠目で見ても、松並木が長く伸びているのが分かった。ちょうど潮が引いていて、大鳥居のあたりまで砂浜が見えていた。たくさんの人が大鳥居の近くまで歩いて行っている。よく見ると大鳥居のさらに外側にもぽつぽつと人影が見えた。座り込んでいるみたいだ。
「大鳥居の外側にも人がいますけど?」
おじさんはちょっと目を凝らせてから答えた。
「あれは貝掘りをしよるんよ。今日はええ潮干狩り日和じゃけぇね」
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