2019.4.28

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2019.4.28

天候曇天、視界薄靄、足元泥濘――、 「つまりは本日、散弾銃(マシンガン)日和!!」 ぱっと鼓膜に響いて脳をびりびりさせるような、煽るその声。 盛り上がっていけ野郎ども、と続いたその声に男たちはうおお、と野太い咆哮で開幕の雄叫びを上げた。  なんでこんなことになったんだか、と僕は死んだ目で渡された銃を太腿の間に挟んで膝を抱え丸まっていた。 「後輩くん?」  隠れていた建物の影をひょい、と覗き込まれてうおわあ、と声を上げそうになる。全然銃を構えるまで意識が行かなかった。今のが先輩じゃなかったら一発でやられてたな、と死んだ目になる。 「聞いてた? いい煽りだったでしょ」 「いや聞いてましたけど……散弾銃じゃないですよねこれ」  自分の装備を確認しなおす。先輩に借りた初心者向けの長い銃身のわりに細身で軽いBB弾銃。勿論散弾銃ではないので弾は真っ直ぐ一発ずつ飛ぶ。 細かいことは気にすんな若者! 銃(ガン)日和より散弾銃(マシンガン)日和のが響き格好いいからね!  けらけらと笑う先輩にそれもう単純にサバゲー日和でいいのでは……いや天気最悪ですけど……とぼそぼそと呟く。何か言った? と鼻歌を歌いながらがちゃがちゃと腰に提げた装備を締めなおしている先輩に何でもないです、と返す。 「気にすんな、気にすんなー……まあやってるうちに分かるだろうしぃー……」  ふんふー、と最後に一音伸ばして装備が終わったらしい先輩は、んじゃ行こう、と当たり前のように視界良好の吹き抜けた通路に体を出した。 「ちょ、ちょ、何やってんですか!? 撃たれ……」 「ないね! 音とか気配しないし」  ほら行くよ~と一切振り返らず行ってしまうので慌てて建物に立て掛けていた銃を拾い上げ追いかける。いやまじでなんでこんなことになったんだか、と困り笑いと苦笑を混ぜたような表情がへらあっと浮かんでしまう。  きっかけは大学最初の説明会が終わった時。志望していた超難関校を無事に受かり、たった今受けた事細かな説明で入学後のイメージも広がって、きっちりスーツを着込んだ俺はパイプ椅子に安堵して座っていた。あー合格してよかった、まあ当たり障りなく真面目にバイトと勉学に励もう、ふふっサークルとかも心機一転で積極的にやろうか、文学サークルとか歴史研とかだったら趣味のあうやつも出来るんじゃなかろうか……この後少し中庭に出てサークル勧誘受けてみるか、なんて少し頬を弛めていた時だ。 「お兄さん体幹いいねえ」  す、と視界が暗くなったと思ったら次の瞬間ひたりと温度のない手で両目を覆い隠されていて、背後から気配もなく目隠しされたのだと気づく。うおお!? とか叫ぼうとした瞬間を読まれたかのようにぴったりのタイミングで、もう片方の手が長く細い形の良い指をぴたりと這わせ、僕の口を塞ぐ。  「しかもリアクションもいいねえ~これは有望株だ~」  そんじゃ行きましょう、歓迎するね! そのままひょいとスーツの首根っこを掴まれずるずると引き摺られる。 「……!? いやいやちょ、何……いや誰!?」 顔面を!? で埋め尽くした俺が叫ぶと、あ、名乗ってなかったあと気の抜けた声でそいつは呟いた。  ぶっ放したいやつは誰でも来い! 撃ち抜け弾丸、ガンナー集団、通称サバゲ部! どうぞよろしくお願いします!   若干センスがずれているが、というか盛大に迷子を決めているが、それが決めの口上だったようで細身の癖に軽々と俺を引き摺る男は元気よく名乗った。迷彩のフードを深く被り、ベルトとロングブーツで出た体のラインで、痩せているのに妙に喧嘩が出来そうな、奇妙なこなれを感じた。猫背気味なのとその飄々とした雰囲気、たまに深く被ったフードの下にたちらちらと両瞳が見えるのが、幼いような得体が知れないような不思議な空気感を醸し出していた。  まあ思わずそれに呑まれてほいほいと部室までさらわれたわけだったが、棟の奥に構えていた部室に着いてから幾分まともな説明を受け、わいのわいのと気のいいかっこいい先輩や黒髪美人な優しい先輩などに囲まれてわりと楽しく銃の試し撃ちなんかをしてしまって、気付いたら「次の日曜日ここね~手ブラでOK!」と例の先輩にぎゅっと紙を握らされていた。我に返って姿を探した頃には、風のように消えていた。 「サバゲ部主催サバゲ大会! ※ペア参加のみ受け付けー……」 まさか……と思ったが、当然、そのまさか。  先輩の二歩後ろぐらいにぴったりつきながらこのサバイバルゲームの会場を改めて見ると、見ることはできても見渡すことはできないと言う感じだった。  遮蔽物が多すぎる。  港近くの廃倉庫が密集する地域を借りた会場だというが、身を隠す都合のいい盾というべきか、いつ敵が飛び出してくると知れないブラックボックスというべきか、大小さまざまなコンテナが乱立していて常に緊張感が抜けない。 「……こんなにばんばん進んでいいんですか?」  躊躇とかないんですか、と躊躇しかない僕は最大限の小声で囁く。喋ることにすら躊躇ぎみだ。聞こえちゃったら場所を特定されて即撃たれそうだし。 「いいよ。確かにじっと動かないのも戦法なんだけど、俺はあんまり好きじゃないんだよね」  いや好き嫌いで決められても……と思っていると、俺耳はいいんだ、とへらっと微笑まれた。 「一応警戒は最大にしてるから大丈夫。今回地形が自然じゃなくて人工だからね」  こんなふうにばりばりのコンクリートだと音は拾いやすいよ、と先輩が足元にちらりと目をやる。そう言われて初めて先輩と自分の歩き方の違いに気づいた。  注意すると、自分のスニーカーは注意散漫というか、怯えながらも実に無防備な感じだ。対して先輩は迷いなく歩を進めながらも油断がない。舐める様に滑らかに、斜に構えたように洒脱な足運びだ。猫のように優雅で、一切無駄がない。厚いゴム底の迷彩長靴が、軽やかにフードを揺らしながら進む。そして、抱えた銃口がひたりと一切ぶれないのに少し息を吞んだ。 「スニーカー、まずかったですかね」  完全に素人の足捌きだがなんとなく先輩の歩き方を真似、その右斜め後ろにぴったりと付く。後ろだと守られてる感ががんがんで男の自尊心が傷つくが、隣だと右からの攻撃に迎撃できる自信もないという合理的な理由からだ。 「いや別に? ハイヒール履いてこられたらちょっとなーとは思ってたけど」 「僕をなんだと思ってるんだ」 「服装とかあんま関係ないよー、気概、気合、気のもちよう」  ここにしよう。  先輩は立ち止まって、低めのコンテナが乱立した一角を指さした。 「隠れるんじゃないぜ」  迎え撃つんだよ。  そう先輩は格好良く言ったが、もう少し人目につかなさそうで堅牢に守ってくれそうな場所で隠れたかった。否、迎え撃ちたかった。ここらへんのコンテナは皆小さくて低めだ。会場の海に近い側だともう少し大型のコンテナが積まれているはずだが、ここらへんのは心許ない。  とりあえずポジティブに気をもとう。 「さすが先輩慣れてますね。絶好の隠れ場所です」 「いや? 俺が狙撃する側だったらこんな場所絶好の獲物だなーって思う」 「……」  もう何も言うまい。   「……今どれぐらい経ちましたか?」 「1時間ぐらい?」  この狭い範囲(エリア)で、16組の戦闘なら、ちょうどそろそろ終盤だ。  読みがいいね、と褒められる。 「いや、そろそろ限界なだけです」  乾いた喉と、ずっと継続する緊張感に張り詰めた神経。そろそろ確かに限界だ。  僕の少し掠れた切羽詰まった声に、先輩は口端をにっと歪めて目を細めた。 「素直に褒められときなよ。限界だろうがなんだろうが、今限界が来るのはなかなかいいタイミングだ」  先輩はコンテナに背を付けてずっと空中に向けていた銃を、ふっと逸らして立ち上がった。ずっと座っていた痺れを取るためか、ぐ、と猫のように太腿の筋肉が膨張するような体勢で屈伸して、猫背ぎみの背を反らせた。その間も一切銃口はある一定の位置からぶれない。 「……何発聞こえた?」 「銃声ですか? 連続とかあったりして、なんとも……」 「そうだよね。じゃあ、何分前に最後の一発が聞こえた?」 「ええ……正確には分かりませんが……序盤は随分鳴っていたのに、もうずっと聞こえませんね」   じゃあ、そろそろ鳴るってことだね。   そう先輩が言った瞬間、ぱんっと破裂音が響く。瞬間に先輩がばっとその方向に向けて一発撃ち抜き、何も言わずに走り出す。反射的に追うが、明らかに遅れているのが分かる。 焦りつつコンテナが密集する地域に飛び込み、先輩の後ろに滑り込んで息を整える。 「分かってたんですか!?」 「近づいてくる音したからね」 「教えて下さいよ!」 「君は驚いたかもしれないけど」  瞬間的な緊張は、瞬発力も増す。  さあ緊張しろ。  銃を構えろ。  楽しんで?  ここまで来たら撃つだけだ。  先輩が口端を歪め、目を細めて皮肉げにも見える笑いで屈託なく無邪気に笑った。 「いやもう……」  言葉ではそういいながらも、口が笑ってしまっているのに気づいて苦笑する。まあ確かに。ここまで来たら撃つだけだ。 「サポートしてあげる。初陣だしね」  いい? 向かいのコンテナに俺が移動する。そしたらたぶん撃たれる。その間に君は反対側から回り込む。 そっからは別行動だ。 とにかく銃を構えろよ。 相手もペア。さっきの足音を聞く限り、挟み撃ちしようとしてるんだと思う。だから分散する。 「……ペア戦だから、僕が撃たれたら先輩も失格ってことですよね」 「その通りだよ。でも気負わなくていい、」  健闘を祈る。  神に祈る程度の適当さだよ、気負うな。  そう言って先輩が飛び出す。たちまちBB弾がパンパンとジェラルミンのコンテナ壁に弾けて跳弾しまくる音が豪雨のように鳴る。散弾銃のように飛び散らないとはいえ、BB弾の連続する弾道は思わず身が竦む。目はゴーグルで覆っているものの、あの威力には普通に当たりたくない。  反対側に走りだすと、後ろから一発射撃された音が聞こえた。  なるほど、本当に挟み撃ちされていたようだ。先輩に撃ちまくっている方と違って無駄な連射はしない主義なようだが、追い付かれたら終わりだ。足の回転速度を上げて、歯を食い縛って全力でコンテナが立ち並ぶ景色を視界の端に流していく。でたらめに何度も角を曲がって、一本道で狙撃されないようにする。  ……と、思ったんだけど、これ……反対側から回り込むってことは、走っていくといつか先輩に向かって連射してる敵に辿り着いちゃうということでは?  しかも僕は追われてがむしゃらに走っているので、このばたばたとした足音は筒抜けなのでは? 思い当たった瞬間、発信源に近づいていたため、少しずつ大きくなっていた連続する銃声が止んだ。次の曲がり角で、止んだ。だが、止まったら背後から撃たれる、全速力で飛び出していくしかない、スピードも弛められないから、足音で飛び出すタイミングまで完璧に教えて。  一瞬の混乱と迷いを追い立てるように、背後でまた一発銃声がこちらへ向けて鳴った。なるほど、あちらからしたら計画通りの展開というわけだ。  もう考えている暇はない。走るのに夢中で、むしろ邪魔と言うように体の横でぶら下げていた銃を、走るのを止めないままなんとか不格好に構える。  ああもうどうしようもない。当たったらラッキー。  そのままの勢いで、横っ飛びに角を飛び出す。  体格のいい男が、立膝で銃をこちらに向けて完璧に構えているのが見える。  くそ、そう呟いて、それでも揺れる銃口をぐ、と脇を締めて相手に向け。  パアン。  一発の銃声が響いた。  男も、僕も、呆然として頭上を見上げた。  コンテナの上に立った先輩が、僕たちを見下ろして猫のように目を細め、 「終了」  大会開始を宣言した時の熱気とは裏腹に、淡々と、一発の銃声をもって最高に楽しそうにその人は宣言した。 「いやー主催した側としてはやっぱ勝っとかないとね!」  勝ててよかったー! いえーい!  ハイタッチを求めてくる無邪気な笑みに、最高に冷めた視線と三点リーダーのみを返した。 「最初から狙ってたんですか?」 「なにが?」  すっ呆ける先輩を睨んで、まくしたてる。 「僕を囮にしたこと。隠れにくいような低いコンテナにしたのは上から狙撃するため。分散とかいいながら、相手の作品にのったように見せかけてその実『先輩の視界に三人が入る』ように仕向けたこと」 「やだなー考えすぎ!」 「一段なら低いっていっても、最後に狙撃した場所は胸ぐらいまである高さのコンテナが二段でしょ? 背丈より完璧に上ですし、よく登れましたね」 「まあ積んであるってことは足を掛ける継ぎ目があるってことだしね」 「最初から登る気だったんですか?」 「んー……隠れやすい場所と見つかりやすい場所だったら、皆高いコンテナの方行くでしょ? 君は初戦だし、余計な戦いしたくなかったし」  だから誰も来たがらない場所で、最終決戦をのんびり待ったってわけ。  そしたらすごいいい状況(シチュエーション)が出来上がったからさ。  上からパアンって一発。 それだけ。  先輩はそう言って微笑み、僕はため息を付いてコンクリートに身を投げ出した。 「疲れた?」 「そりゃね……向いてないことがよく分かりましたよ」  全く、囮にはされるし、最後まで一発も打てないし散々だ。  結局向いてないんですよ。  こんな最悪の天気に、泥まみれになって全く何をやってるんだろう。  そう呟いた途端、恐らくBB弾の方がマシだろう衝撃が腹部に走る。  うおらー! と脇腹を蹴飛ばされて悶絶する。  いやうおらー! とか気の抜けた叫びに対してかなり重めの蹴りだったぞ。  呻きながら天を仰ぐと、先輩は僕の頭の上に足を揃えて立ち、髪を重力に従って垂らして、僕の顔を覗き込んでいた。  日和ってんじゃねえぞ、若者。  君が日和って言っちゃったら日和なのさ。だって銃担ぐのは君なんだから。    先輩はどこまでも我儘な暴論で、例の口端を持ち上げて目を細める笑みで僕を見下ろした。 「なんかさ、ずっと向いてないとかそういうのばっかりだね」  最後、銃を構えたでしょ? 「『あれは当たってた。』」  そう先輩は断言した。  無責任に、無根拠に、言い渡してすごいじゃん、と褒めた。 「……いや、」  当たってたかわかんないじゃないですか、とか言うのはやめた。何故だか、褒められたことが単純に嬉しかった。 『あれは当たってた。』  そんな気がして、撃ち抜いた先の景色が見えたような気がした。  楽しかった。  単純に。  単純に楽しかった。  くそ、と思いながら僕はこらえきれずに小さく笑ってしまっていた。   先輩が妙に格好良く見えるから、ゴーグルが曇ってるみたいですと憎まれ口を叩いた。  あはは、拭いてよ午後もう一戦やるからねと先輩が自身のブーツの泥をこそげ落としながら言う。 「もう一戦!? 聞いてないですよ!」 「あはは言ってない」 「…はあ。まあ…仕方ないですね」 いい天気ですからね。  そう言って先輩に顔を見られない内に体を足に引き寄せて起き上がり、そっぽを向いたまま銃を引き寄せてグリップに指を添わせた。  あは! と先輩は上機嫌この上ないように短い笑いを上げ、そうね、仕方ないね、と自身の銃に最高に楽しそうに手を伸ばす。  いい天気だからねえ。 そう先輩が目を閉じていい、ええ、と返す。  ゴーグルに映る曇った空を、レンズを拭くような真似で強引に晴れさせる。 『散弾銃』を高く掲げる。  顔を見合わせて、頬に飛んだ泥を拭いにやっと笑い合う。
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