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海から離れた町の貧困地区に、しなびた野菜や腐りかけの魚を低価格で売りさばく裏市場があった。細い路地にひしめきあう露店の間に店舗を持つ骨董品屋がある。おもに盗品を扱う盗賊御用達の店だ。ナッチは入店して、不愛想なやせこけたのおじいさんに溶解の水晶を渡した。
「ほう……。これは、ポニートの家からくすねたのか?」
「……いや? 拾いもんさ。いくらになる?」
本来、商品の出所は聞かないのがルールだ。にもかかわらず、手に入れた経緯を尋ねる店主を不審に思いつつ彼女は答えた。
「ヤバい代物を持ってきたな。恐ろしいばあさんがこれを血眼になって探してるってのに……」
「探してる? それを?」
「いや、無粋だったな。なんでもない。これは希少価値の高いものだ。いまはただの水晶だが、魔術師が凝縮した魔力をこめればまた使える代物になる。それを踏まえて金貨八枚で買いとろう。使える状態だったらリカルク透貨三枚はくだらないんだがな」
店主は引き出しから金貨を取りだして、テーブルに置かれた水晶の隣に重ねて置いた。
「おいまて、そっちは規則を破って入手経路を聞いたんだ。ならこっちも教えてもらうぞ。そのババアなどんな奴だ?」
店主は舌打ちして小声で話しはじめた。
「五日くらい前にメイド服を着たばあさんが来たんだよ。入ってくるなり雷撃魔法を浴びせられてよ。『溶解の水晶はあるか』と聞かれたんだ。だから『ポニートの家にでも行け。領主ならそれを持っている』といったのさ。この前にあの成金ジジイが展覧会で自慢していたのを知っていたからな。そしたら、いなくなったよ。ありゃあとんでもねえババアだったぜ」
「……へえ。その雷撃魔法の色は覚えてるか?」
「たしか紫だったよ。珍しい色だ。高位の雷撃魔法使いだろうよ」
ルンペルと同様にナッチも犯人がだれかなのか目星がついた。しかし、すでに死の魔術紋が消え去り、事件とは無関係になっている。
いまさら、殺人鬼をわざわざ追う理由はない。ただ、金貨を受けとって、この町を出ればいいだけだ。ところが、金貨に伸びる手がピタリと止まる。あのブタは犯人にたどり着けるほど賢い人間ではない。きっと、死んでしまうだろう。
「おっさん、この水晶に魔力を込められたら、再び使えるようになるんだな?」
「ああ。ただ高位の魔術師が練った魔力じゃないと意味がないぞ。どうする。売るのか売らないのか」
彼女は彼と過ごした二日間を思い出す。不愉快な思いばかりだったが、刺激的で、やりがいがあって、そして、どこか楽しくもあったはずだ。最後にみせた彼のやさしさは、ナッチが触れたことのない温もりがあった。
「……だから、最初に使っとけといったんだ」
苛立ったようすで、ナッチは溶解の水晶を手にとった――。
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