二人の盗賊

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漠然とした思考が鮮明になるにつれ、全身が濡れていることにナッチは気がついた。どうやら水をかけられたらしい。顔が床にへばりついている。 身を起こすと、右手に手錠がつけられていることに気がついた。手錠から延びる鎖をたどると、あぐらをかいて呆然と天井を仰ぐルンペルの左手に繋がっていた。一メートルほどのやたらに長い鎖がとぐろを巻いている。 「目が覚めたか。痰壺(たんつぼ)にも劣るゴミクズが」  ポニートの肖像画をこれでもかとぶん殴ったような壮年の男が吐き捨てた。ワシ鼻で下がり眉、見栄っ張りに相応しい上向きにカーブしたヒゲ。栗色の髪をタイトにセットしている。貴族らしいゴージャスな服装のポニート・ファルケと三人のメイド、それと二人の衛兵が、大きな鳥籠のような格子越しに盗賊二人を見下ろしていた。  終わったな。と彼女は思った。一攫千金を夢見て王族の家に忍びこんだものの、捕縛された場合の処遇を忘れていた。確実に極刑だ。 「君らをここで処刑してもいいんだけどね。どうしようかな?」  鳥籠の周囲を歩きながら主はいった。ルンペルが格子を掴んで叫ぶ。 「勘弁してくれえ! ほんの出来心だったんだよう! なんでもするから処刑だけは!」  ポニートは待っていましたとばかりにニカっと笑顔を浮かべた。歯の隙間のひとつひとつに挟まったほうれん草をみせつける。「ゴミにも命は宿っているようだしな。無駄にするのはもったいない。そこでだ。わたしの欲しいものを連れてこい。そしたら君らの処刑と交換してあげよう」 「連れてこい?」ナッチが問いかけた。 「そうだ。この国を舞台に、強盗殺人を繰り返している奴がいる。狙われているのは貴族ばかりでな。国王様も胸を痛めておられる。騎士団も全力で捜索しているが一向に捕縛できていない。そこで、この町にも奴が現れると思ったわたしは罠を仕掛けたんだ」 「罠……ですか?」今度はルンペルが鼻をほじりながら尋ねた。 「町をいつでも完全封鎖できる状態にしたんだ。この町は城壁に囲まれているからな。魔法防壁と魔術結界の二段構えを用意し、さらに屈強な騎士たちを城門に配置できるよう準備した。……そして一週間ほど前に、貴族が強盗に襲わ れ皆殺しにされる事件が発生した。優しい奴だったのに……」  ポニートは涙ぐんで目頭を押さえた。ルンペルは鼻血を垂らしてしかめる。 「ここ最近、町の外にでられなくなったのは、お前のせいだったのか。おかげで仕事がしづらくなって、おれはひとけのないこの家を狙うことにしたんですぜ?」 「やかましいぞブ男。文句なら犯人にいえ。それと、どの家も狙うなバカタレ。処刑するぞ」主はそういいかえして彼を黙らせた。 「つまり、その犯人はいまこの町に閉じこめられていて、そいつをあたしらで捕まえてくれば、晴れて自由の身になれるってわけね?」ナッチはいった。 「ああ、そうだ。犯人は四日前にも犯行を重ねている。ただ、町人をこれ以上、軟禁状態にするわけにもいかん。あと三日で封鎖を解除しないと国王様に怒られてしまう。というわけで、三日だ。三日以内に犯人を捕まえてこい。お前らの首には鋼鉄魔法の魔術紋が刻まれている。三日後の夜になったら、刃がその首をはねるだろう」  ポニートが顎で合図をだすと、メイドの若い女が格子を消滅させた。「いっておくが、このことは内密だ。ほかの衛兵にばれないように気をつけるんだな」 そそくさとでていく盗賊の背を見送るポニートは衛兵に命令をだす。 「彼らに事件現場の場所を教えてこい。それと、この件はだれにも口外するな。いいね?」 「わかりました。しかし、なぜこんなことを? 彼らが犯人であるという可能性だってありますよ?」ウマーは尋ねた。 「あの程度のゴミが犯人なら事件はおきとらん。わたしはね、どうしてもこの事件の犯人を捕らえたいのだ。盗賊なら同じゴミクズなぶん、わかることもあるだろう」力強くこぶしを握って、真剣な眼差しで彼はいった。 「なぜそこまでして……」 シカーはきいた。その問いの答えはわかりきっている。知人が殺されているのだ。復讐か、弔いか――。 ポニートは事もなげに答えた。「箔が付くからだ。最近、姪っ子の態度が冷たい。わたしが捕らえたことにして、国王と姪の鼻を明かしてやる」 彼の見栄っ張りな性格が、盗賊に三日間の命を与えたのだった。
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