ドタバタ捜査

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ドタバタ捜査

シュタームは港町で、普段は段状に並ぶ白い家々から、エメラルドグリーンの海を往来する多数の船が望めるが、いまは重苦しい雰囲気に閉ざされている。    町民たちからすれば、馬鹿な領主が殺人鬼を封じこめているせいで、いつ被害者になってもおかしくない恐怖に煽られている状況だ。また、海にまで伸びた城壁が閉ざされているために、漁師たちも海にでられず困っていた。空も彼らの気持ちを表すかのように依然としてどんよりしている。 町の北西に区画分けされた地域がある。端的にいえば富裕層の住む区画だ。豪邸が立ち並ぶ大通りから裏通りへ抜けたさき、盗賊二人は被害者の邸宅をみあげていた。一見して周囲の家と変わらない佇まいをみせているが、その白い壁の裏側には凄惨な殺人現場が残されている。 「はあ……。殺人鬼を捕まえないと死ぬ。殺人鬼を捕まえないと死ぬ。殺人鬼を――」ルンペルはボソボソとつぶやいた。彼はずっとこの調子だ。 「うるせえぞ。やらなきゃ死ぬならやるしかねえだろ。いつまで絶望してんだ」 「相手は貴族や追っ手の騎士まで殺している超残虐野郎なんだぞ? 殺人鬼に殺されるか領主に殺されるかの二択だ……」 「いいやその前に、あたしに殺されるかの三択だぽっちゃりオーク」 空を回遊するカモメの下で、玄関扉をあけようとしたナッチは鍵がかかっていることに気がつく。開錠魔法を発動するが、魔法は防壁によって弾かれてしまった。 「おい、どうすんだこれ。家にはいれねえぞ」  彼女は肩を叩かれて、振りむいた。ルンペルが中指をたてている。良い笑顔だ。齧ろうかと思った矢先、彼の中指に枝が絡まりだし、みるみるうちに鍵をその先端に作りだした。 「鍵を開けるのは開錠魔法だけじゃないぜ。ピッキング技術には自信がある」 「へえ、やるじゃん。てっきり馬鹿にしてんのかと思ったよ」 「いや馬鹿にはしたぞ。だから中指に作った」  尻を蹴飛ばされつつルンペルが先頭になって現場へと歩んだ。赤を基調とした豪華なダイニングルームが現場であることは残された血痕で明らかだった。   鼻をつく血の臭いと淀んだ空気、目につくのは整然と並べられた高価な調度品と粉々に砕かれた大鏡の破片だ。テーブルには腐った料理が並んでいる。なかでも異様なのは、魔術紋のような幾何学的な模様がカーペットに焼きつけられていたことだ。
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