ドタバタ捜査

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 『変な男』という発言は彼にとっていままでにない、あまりにも鋭利な言葉であった。  三五年前、美しいエルフの女とハンサム人間の男との間に生まれたにもかかわらず、産声をあげたのはオークじみたなにかだった。父は母の浮気を疑って家をでていき、母親から『なんで生まれてきたの。受精する前に死んでほしかった』と毎日のように恨み言をいわれ、学校では『前衛美術』『神のわるふざけ』『学校に来ないでクソブタ野郎』などと罵詈雑言を浴びせられた。やがて、青年になると魔獣に間違われて冒険者に狙われ、あげくに『存在が可哀想だから殺してあげる』『受精する前に死んだほうがよかったろうに』などとみじめな同情を受けたりもした。  悪口の百科事典が作れそうなほど、彼は言葉の攻撃を味わってきたが、それでもたった一人で意地汚なく生きてきたのだ。しかし『変な男』とはあまりにも酷すぎる。彼は心が折れた。いっそ殺人鬼に殺されるのもオツかもしれない、と思った。 「やばいってのは、捕まるってことだバカ! くだらないこといってねえで逃げるぞ!」  ナッチはそういいながら、鎖を引っ張って彼を強引に裏口へ連れていく。ルンペルはキャンディーのような甘い言葉に別の涙を流した。〈変な奴だなんてやばくないよ。そんなことを気にしないで、あたしと一緒に逃げよう。どこまでも〉彼にはそう聞こえていた。ルンペル・シュタイン三五歳にして、遅咲きの春到来であった。 恍惚とした表情のルンペルとは対照的に、焦りを露わにしてナッチは階段を駆け下りる。やがて裏口の扉をみつけて彼女は開けはなった。 衛兵とメイドがたっている。彼らも裏口から入ろうとしたようだ。 「あらやだほんとだ。あなたたちなあに?」  体をキュートに強張らせて衛兵が尋ねた。チューリップは花びらをぶん回して阿鼻叫喚だ。
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