35人が本棚に入れています
本棚に追加
その眼鏡屋で働こうと思ったのは、家から近かったからです。それに、眼鏡はじっくり選ぶだろうから、慌てずにすむと思ったんです。私は焦ると、頭が真っ白になってしまうから。
でも物を売る仕事はシビアですね。ノルマはなかったけど、それなりにプレッシャーはかけられました。
それにお客さんはパートと社員を区別するわけじゃありません。一旦接客し始めたら、一通りしないといけないんです。でも検眼は難しいので、社員の方にお願いしていました。
「赤木さんも検眼できるようになれば、お客さんを待たせないですむのにね」
パートにそこまで要求するんだと、もやもやしていた矢先、店長から呼び出されました。
「社員を一人、入れることになったんです。それで申し訳ないけど、赤木さんには今月いっぱいで辞めていただくことになりました」
店長は淡々とそう言いました。
口では申し訳ないと言いつつ、表情は少しもそうではないんです。きっと過去、何人もの人にそう言って引導を渡してきたんでしょうね。
前の日は冗談を言い合っていたのに、そんな心積もりがあったなんて。何も知らずに大笑いしていたその時の自分が滑稽でした。ひどくみじめでした。
震えそうになる声をこらえて、
「わかりました」
と、返事しました。
私が任されている仕事など、たかが知れています。いくらでも代わりがききます。
「赤木さんを雇ったのは、商社時代の人脈を期待してたんやって」
そんなことを耳にしました。
私の資質を見込んでくれたわけではなかったのです。
そんな理由で採用されてたのかと、がっかりしました。
どうせなら、知らずに去りたかったです。
ご期待にお応えできず、失礼しましたよねぇ。
最初のコメントを投稿しよう!