11月30日

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 その眼鏡屋で働こうと思ったのは、家から近かったからです。それに、眼鏡はじっくり選ぶだろうから、慌てずにすむと思ったんです。私は焦ると、頭が真っ白になってしまうから。    でも物を売る仕事はシビアですね。ノルマはなかったけど、それなりにプレッシャーはかけられました。  それにお客さんはパートと社員を区別するわけじゃありません。一旦接客し始めたら、一通りしないといけないんです。でも検眼は難しいので、社員の方にお願いしていました。 「赤木さんも検眼できるようになれば、お客さんを待たせないですむのにね」  パートにそこまで要求するんだと、もやもやしていた矢先、店長から呼び出されました。 「社員を一人、入れることになったんです。それで申し訳ないけど、赤木さんには今月いっぱいで辞めていただくことになりました」  店長は淡々とそう言いました。  口では申し訳ないと言いつつ、表情は少しもそうではないんです。きっと過去、何人もの人にそう言って引導を渡してきたんでしょうね。  前の日は冗談を言い合っていたのに、そんな心積もりがあったなんて。何も知らずに大笑いしていたその時の自分が滑稽でした。ひどくみじめでした。  震えそうになる声をこらえて、 「わかりました」 と、返事しました。  私が任されている仕事など、たかが知れています。いくらでも代わりがききます。 「赤木さんを雇ったのは、商社時代の人脈を期待してたんやって」  そんなことを耳にしました。  私の資質を見込んでくれたわけではなかったのです。  そんな理由で採用されてたのかと、がっかりしました。  どうせなら、知らずに去りたかったです。  ご期待にお応えできず、失礼しましたよねぇ。
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