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試練
ユウトの唇はカサカサに荒れていて、キスなんかしても全然気持ち良くなんかなかった。
でも俺のカラダは反応した。
このままヤツが欲しいと思った。
× × ×
――数時間まえ。
都内某ホテルのスイートルーム。
二つあるベッドのうちの一つで、缶チューハイを手にしたユウトが俺に向かい叫んでいる。
「だーーっ! こんなことやってられっか!」
俺は淡々と部屋を片付けている最中だ。ユウトが散らかすからだ。
「仕方ないだろ、事務所の意向だ」
「そゆことゆーなよっ、このまま芸能界の闇に引きずり込まれてイイって言うのか?!」
俺とユウトは芸能事務所に所属している役者とミュージシャンだ。経歴はそれぞれだが、まあ、二人とも上に「売れない」がつく。
「……今さら闇って」
冷めた目で俺が見つめ返すと、ユウトは飲み終えたチューハイの缶をギリギリと握り潰した。
「あの厚化粧ババア、芸能界のボス猿だかなんだか知らねーが、枕ならまだしも、ひでえ趣味に俺達付き合わせやがって!」
「腐女子ってヤツなんだろうな」
「女子じゃねえよっ!大体なんでオメエはそんなに冷静なんだよっ!」
俺が黙っていると、ユウトがちょっと顔を赤らめる。
「イヤじゃ、ないのかよ……俺とそゆことすんの」
俺は答えられずにいた。何だか頭がぼーっとしているのだ。昨日夜遅くまで、事務所の手伝いをしていたせいだろう。
「……俺、子供の時から芸能界に居たから」
ユウトが凍りついた。
察したのだろうか。俺がこういうことが初めてではないことを。
「……あっそう……」
ボリボリと首の横を掻いて、そのまま目をそらしてしまう。
嫌われたかな。俺は心の中でそっと思った。
俺とユウトは、元々そんなに仲がいいワケではない。
でも、背格好が似ていて、世は空前のアイドルブームで、どの事務所も自分のところからアイドルを輩出するのに躍起になっていた。
ウチの事務所も例外じゃなくて、本来ソロで別の部署が手掛けるはずの俺達を、期間限定のアイドルユニットとして売り出そうとしている。
そこでキーマンになってくるのが先ほどユウトが言っていた「ボス猿」だ。大きな劇場を運営し、多方面に強力なコネクションを持つ彼女は、すでに台頭している男性アイドルグループと張り合おうとしている俺達にとっては、なくてはならない存在だ。
正直、枕程度なら覚悟してたのだが……と、そこまで思い返していた時、ボス猿が部屋に入ってきた。
「あーあーイイのよ、楽にして頂戴」
ぱっと見、化粧の濃いただの中年である彼女は、一瞬にしてピリついた空気になった俺達を見て、口調を和らげた。悪い人ではない……と聞いている。
「何をするかわかってるわよね。もうシャワーは浴びたの?」
ふと横を見ると、ユウトが正座してガクガクと震えていた。緊張しているのだろうか。唇も青ざめている。
俺がまだ浴びてません、と答えると、あっそう、とボス猿は手を打った。
「さっさと浴びてらっしゃい、ただし別々にね」
俺とユウトはベッドから立ち上がった。
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