リシテア2017―ふたり日和―

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 ひょんなことから、ふたりきりになるのであった。  明け方までの雨はすっかりあがって、新緑の眩しい季節を実感する。吹き抜ける風も適度な冷たさを持っていて、汗っかきの自分にはすこぶる心地よい日和だよなあ……などと思いながら、覆いかぶさるような街路樹の下を、下の子と手を繋ぎながらのそのそと歩くのであった。  子供プール教室の帰り。穏やかな土曜日の昼下がりである。  上の子はプールの後というのに、帰りしなにひとりで近くの将棋道場にそのまま直行し、妻はここ最近ハマっているホットヨガに朝から出掛けていて今頃は2セット目くらいだろうか。  割とアクティブなその二人と対照的に、このふたりは何もせずにぼんやりするといった事が生来好きなのであった。下膨れの顔も周りからそっくりと言われることが多々ある。  下の子はそれでもやはりお兄ちゃんが気になって後についていくということが最近までは多かったものの、自我の芽生えか、ひとりひとりの時間というものも確実に増えてきているのであった。ひとりで空き箱を使ってガチャガチャを制作したり、手製のビンゴを作っては家族に見せに来たりしている。  一方の父は生来の出不精であり、よほどのことが無い限り休日は自室にこもって何やらやっているのだが、土曜日のプールにだけは二人の息子を連れに行き、待合のロビーでカップのコーヒーをすすりながら置いてあるスポーツ紙を読みつつ教室が終わるのをぼんやりと待っているというのが常態となっているのであった。  冬の寒い間は億劫だったものの、今の時期は気候が心地よいのか、積極的に付き添いを買って出ている。帰りも体が冷えることもないので、息子の坊主頭が割としっとりと光っていても、あまり気に留めない父なのであった。  今日はいい天気だし、ちょっとだけ足を延ばしてみようかな。  ここ数日の穏やかな気候に、ふとそう思う父なのであった。誘ってみると、えー、いいけどー、と、素っ気ないながらも、少しの興奮を孕んだ声が返ってきて、何だか嬉しくなってくる。緑に覆われた小径を、のんびりと歩いていく。遠くの国道から時折走行音が響いてくるばかりの静寂の中を、あまり話すこともない二人は黙々とただ目的地まで進むのであった。  公園の中ほど、なだらかな坂になった芝生に、そのまま腰を降ろしてぼんやりする親子なのであった。見下ろす先には、水量の少ない緩やかな流れの小川が、陽光をせわしなくあちこちへと反射している。  十分ほど歩いた体は、汗ばむという表現では憚れるほどに全面的にしっとりしていて、まるで着衣のままプールに入ってきたような風体なのであった。  途中で寄ったコンビニで買った骨なしチキンを同じような素振りで咀嚼する二人。どこからどう見ても親子にしか見えないその様に、道行くジョガー達も思わず二度見しつつ呼吸を乱すのであった。  とうちゃん、ぼくさー、えっとーがっこうでさー、えっとー、と考える前から言葉がこぼれ出ているような口ぶりで話し始めた息子の言葉に耳を傾ける。  えっとね、こうさくがうまいってさー、いわれたんだよね……  少しはにかみつつも、少し誇らしげに呟いたその言葉に、ああ、この子もしっかり成長してるんだー、と、成長性が皆目見られなくなった自分を省みることはせずに、素直にそう感じる父なのであった。  よしじゃあ夏休みは一緒に何かでかいのを作ろうっ、との提案に、いいよー、とまたも気の無さそうな言葉を返されるものの、よく似た丸顔の口元は、チキンの油でてらてらと光りながらではあるが、笑いの形を確かに作っているのであった。  また来ようっ、と勢いよく立ち上がると、出口まで競走だっ、と大人げなくフライングしながら土がまだらに出ている斜面を、つんのめるような不器用なフォームで駆けあがっていく。その横を小さい影が並ぶ間もなく抜き去っていく。  陽光はあくまでも柔らかく、穏やかな風が一瞬二人を包んでは、またほぐれるようにして散っていく。 (終)
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