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数日後、僕は部屋のベッドの上で天井を見ていた。
少し気持ちは落ち着いたものの、虚無感は半端なかった。
考えてみると、鈴木さんは100歳だ。
いつ何が起きてもおかしくない年齢だった。
児玉さんの話によると、死因は肺炎だったらしい。
死に際も寅雄さんをうわ言のように呼んでいたが、最後は安らかに逝ったとのことだった。
「杉堂君のことを寅雄さんと思ってたみたいだけど、あの共同作業の後は不思議と寅雄さんを探すことは無くなってね…とても穏やかだったんだよ」
児玉さんは僕を慰めるように言ってくれた。
認知症の人は何もかも忘れてしまうものだと思っていた。
大切な人も、思い出も、家族と過ごした時間も、大切にしていた物も…。
でも心の奥底にある、絶対に忘れたくないものは何としてでも守ろうと必死なのかもしれない。
忘れたくなくても忘れてしまうから、何とか記憶に留めようとして、別の人にそれを投影したり、見えない物が見えたりするのかもしれない。
鈴木さんと出会って、僕の中で何かが変わった。
僕にできることは何?
僕がやらなきゃいけないことは何?
僕は涙を拭って、布団から飛び起きた。
そして勉強道具をカバンにぶち込んで、図書館へと駆け出した。
数か月後に迫った大学入試試験。
僕の進むべき道は決まった。
鈴木さんにいい報告ができるように、今を必死に生きよう。
僕はペダルを力強く漕いだ。
辺りの楓やイチョウは散りはじめ、少しずつ冬の足音が近づいていた。
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