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「あのおばあさん…、何で…そのとらおさーんって…?」
とりとめのない質問だったが、児玉さんは意に返さず応えてくれた。
「あの方はね…この施設で一番高齢の鈴木ヤエさんっていう方でね。
もう100歳くらいじゃないかな?」
「ひゃくさい…!ですか!」
僕は素直に驚いた。
「そう。100歳。
でも最近は認知症がひどくて…
たぶん、自分の年は分かってないんじゃないかな?
歩くのもおぼつかなくて、車椅子を使ってるんだけど、すぐに立って歩こうとされるから…、目が離せないんだよ」
児玉さんは穏やかな口調で言った。
「…で、あのとらおさーんって、誰のことなんですか?」
あのおばあちゃん…鈴木さんは僕のことをそう呼んでいた。
すごい目で、必死に。
「あぁ。
寅雄さんってのは、彼女の旦那さんだった人でね。
もう亡くなって20年は経つらしいんだけど、最近はいつも寅雄さんを探して、この施設内をぐるぐると…ね」
児玉さんは少し笑いながら言った。
「普段は穏やかなんだけど、突然スイッチが入ると、すごい形相になって…落ち着けるのが大変なんだ」
「そうですか…」
僕は注がれたお茶を飲み干して、しばらく考えた。
20年も前に逝ってしまった夫を探し続ける老婆。
もうこの世にはいない夫を、この先もずっとずっと探し続けるのかな?
絶対に会うことなんてできないのに。
そうやって時間を重ねて、いつしか死んでしまうのかな?
僕は鈴木さんの心中を少しだけ考察した。
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