第2章 束の間の平穏

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 ――あぁ、まただ。時々彼は、こんな顔をする。何かを隠すように、騙すように。その真意はわからない。でも多分、それが理由なのだろうな、と思う。彼が今まで恋人の一人も作ったことが無いという理由、そしてあの日夜会で、彼が私を愛することはないと誓った、その理由なのだろうなと。  きっとその理由を、ルイスは知っているのだろう。けれどルイスは私にそれを教えなかった。それはつまり、私が知る必要のない事で、知らない方がいいのだと言うことで。だから私は詮索しない。本音を言えば知りたいけれど、ウィリアムを傷つけることになってしまってはいけない。世の中には、知らないままでいた方が良いこともある。 「さ、そろそろ朝食の時間だな。行こうか、アメリア」  ウィリアムは部屋の掛け時計で時間を確認すると、静かにベッドから降りた。そして私の方を振り向くと、再びほほ笑む。それは彼のいつもの(・・・・)笑顔で、私の心に、安堵と共に切なさが襲った。けれどそれでも――それでも、いいの。私のウィリアムへの愛は、決して変わることは無い。  私は彼の手に引かれてゆっくりとベッドを降りる。その手から伝わる、私より少し高い、彼の体温。それはあの日と変わらず心地よくて、二か月経った今でもこのときめきは変わらない。  ――愛しているわ、ウィリアム。  私は目の前のウィリアムにただほほ笑みかける。声の出せない私にとって、それだけが唯一私に出来ること。今の私に、たった一つだけ許された、彼への愛の言葉。  私はただ夢を見る。ウィリアムの愛をこの手に掴むその時を。彼の愛に包まれる、ただ、その瞬間だけを――。
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