第1章 赤い瞳

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 僕は思い出す。  僕が三歳になったばかりのときの、決定的な出来事を。母上の銀のブローチが無くなった、あの日のことを。  母上が結婚前に父上からもらったという銀のブローチ、それがある日突然無くなった。母上は大騒ぎをして、使用人に城中を探させた。けれどどうしても見つからなかった。  だけど、僕はそれを不思議に思っていた。だって、母上のお付きの侍女が、”自分がブローチを持っている”と言っているのが確かに聞こえたから。それなのにどうして皆、見つからないと言うのだろうと。  だから僕は言ってしまった。その侍女が持っているよ、と。――僕の指に差されたときの、真っ青になった侍女の顔を、僕は今でも忘れられない。あのとても驚いたような、恐怖と畏怖(いふ)に染められた顔を……。  その時僕はようやく知ったんだ。僕が聞こえているこの声は、他の誰にも聞こえていないのだと。僕だけに聞こえる、心の声なのだと。僕のこの赤い瞳が、皆の心を読んでしまっていたのだと。  そして翌日、その侍女の首は()ねられた。  母上は泣いた。死んだ侍女は、母上のお気に入りの侍女だったから。ブローチ一つで彼女を殺してしまったと、とても嘆き悲しんだ。そして同時に僕を恨んだ。あなたのせいで――、と、そう叫んだ母上の悲痛な心の声が、今でも僕の耳から離れない。  あれからもう四年が経とうとしてる。けれど母上は、あれ以来未だに、僕とは決して目を合わせようとしない。  それは使用人も、また同じ。朝僕を起こすときも、食事の支度をするときも、勉強を教えるときも、乗馬や剣の訓練をするときでさえ、彼らは決して僕と目を合わせない。誰も、僕の顔を見ない。  だけど、そう、かろうじて父上だけは、僕の目を見て話してくれる。けれど――父上は僕よりも母上が大切だから、母上に気を使って、最近はあまり僕と会ってくれなくなった。
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