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見事なデザートを食べるたび、私は神話の中を生きていると思う。
フルコースを食べたあと、もうなにも食べられないというときに、その素晴らしいデザートの時間はやってくる。
まず、季節のデザート。次にケーキの盛り合わせとフルーツカクテル、このとき紅茶もやってくる。そして最後に、紅茶を飲みながら摘むプティフール。
デザートの時間は、おそらく三十分くらいだろう。でも、その三十分は、まるで紀元前から続いているかのように感じられる。
モンブランを口に運ぶ、クリームが舌の上で溶ける。そのとき、私は、すべての美食家が生きた時代を同時に生きる。蝋燭の光に透ける紅茶。紅茶の赤褐色に見蕩れたすべての時間がいま、同時にここにある。
深紅の絨毯と壁紙、黒檀と鏡でできたアール・ヌーヴォーの地下の部屋。間接照明と、各テーブルに置かれた蝋燭が光源だ。合わせ鏡に映る饗宴は、空間だけでなく時間をとおして広がる。
ビルボの詩の朗読は終わらない。甘い物だけが引き起こす酩酊感に酔いながら、私は大広間の隅でちらちらする火を見つめる。
隅の深紅の寝椅子に深々と腰掛け、私はビーズの縫い取りのある室内履きを爪先でぶらぶらしながら頁を捲っている。革装のこの本は、字も深紅で印刷されている。室内履きには、薔薇の花弁がついてなかなか取れない。ヘリオガバルスの命で敷き詰められた薔薇の花弁だ。
そこに、豪奢な道化服を纏った侏儒が、とんぼ返りをうちながらやってくる。
「金色の蜂蜜酒入りボンボンはいかが?」
侏儒が差しだした金釦を見つめて私は言う。
「だって、これ釦じゃない」
「これが釦ですと?」
侏儒は慌てて懐中時計を取り出す。
「ああ、今を間違っていました。それでは、七百年とんで五十一日後にまた」
侏儒は釦を飲み込み、姿を消す。
「紅茶のお代わりはいかがですか?」
ウェイターの声で、私は引き戻される。
「ええいただきます。ストレートで」
この地下の部屋から出れば、そこは夜の街だ。この地下の部屋にいるかぎり、ここは、すべての饗宴の時間だ。
遠くでクレオパトラが真珠をワインに溶かして飲んでいるのを見ながら、私は小さな生チョコレートを摘む。
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