最終話 時には蛇足が重要なこともある

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「以上だ」  翼と一緒に見た、あの残されていたUSBにはそんな文章が残されていた。そのUSBには他に、盗聴した内容と指示した内容も含まれていたが、どちらも確認はしなかった。 見たのは慶太郎の四十九日が過ぎた、九月の終わりである。そのあまりにさばさばした文章と思いに、昴は寂しさをより強くしていた。リビングに吹き込む風も、ひんやりとしてより寂しさを増す。深夜になってよく聴こえる虫の声も、世の中の無常を表しているかのようだった。 「何故を問うのは、無意味なんだよな」 「そうだ。人の行動は数式には表せない。よってどれが正しいという解は存在しない。それしか言えないな」  寂しそうな顔をする翼の横顔から、何故を問いたいのだという気持ちが見える。それに気づくと、昴が引っ掻き回していい問題ではないと思った。そしてもう、その何故を問う相手はこの世にいない。 「俺は」 「素粒子に進むかどうするか。それを悩むことはないだろう。二宮は自分の意思を継げなんて言うタイプではない」  あっさりと翼は問題をすり替えてくれる。進学しないという選択肢も、研究者にはならないという選択肢も用意してくれないのだ。相変わらずというか、さすがというか。 「そうだな。どうやらまだ、兄貴より凄い奴には出会えてないし」 「――」  俺より凄い奴はいる。その言葉を、慶太郎が否定したようなものだ。それに気づいた翼はむすっとしてしまった。ちょっとは意趣返しになったか。 「まあ、海外には行かないけどな」 「そうか」  国内で、教えてもらいたい先生がいる。それは他もでもない翼だ。大学からの嘆願もあって、翼の海外へと行く話は無くなっている。この手紙を読む前に決断したのが良かったのだろう。国内でもやれることは多いと、本人も思い直していた。 だから、昴にも自分だけ海外に行くという選択はなかった。それに倒すにはまず敵を知らなければならない。ということで、まずは素粒子の研究ではなく宇宙論へと変更だ。最近では宇宙論と素粒子理論は密接な関係があることだし、この変更には何の問題もない。 「試験問題は覚悟しておけ」 「――へい」  しまった。出題するのも翼なんだと、昴は相手が准教授であることの有利さを思い出した。が、翼が不正をするタイプではない。ちゃんと勉強しておけば太刀打ちできるはずだ。しかし難しい問題を出すのも躊躇わないことだろう。何にせよ、勉強に励むのみだ。 「まったく」  翼は困った奴だという顔をするが、内心では嬉しいらしい。口元が緩んでいることを、昴は見逃さなかった。 「ひょっとして、今まで海外を選択肢に入れていなかったのって」  俺のせいだろうか。ふと昴は思ってしまった。翼が自分に甘いのは前々から気づいている。そしてそれが、慶太郎には許せなかった。あの大学に不正があることより、自分と同じ大学にいることが許せなかったとか―― 「いや、ないない。気持ち悪い」  自分の考えを自ら否定し、というかそうでないことを願い、昴は大学院への受験勉強へと励もう。そう決意するのだった。
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