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最終話 時には蛇足が重要なこともある
これまでのことを、翼と慶太郎を中心に据えて考えてみる。この発想までは単純だったが、その先は難解以外の何物でもなかった。どれもこれも二人に関係しない事象の集まり。そこから相互関係を見出すなんて、はっきり言って無理だ。というか、関係がないから立証されないのだ。
「くそっ。しかし川島さんも兄貴も疑っているんだ。何かあるはずだ。けどなあ。どうして見つからないんだ。あの二人が意図して情報を隠すなんてないはずだし」
考えること一週間。昴はギブアップ寸前だった。どこをどう考えなおそうが、二件目の事件以外に慶太郎の名前が挙がることはない。さらに言えば、どこにも事件を解いたという事実を除いて翼の名前が挙がることはない。まさに八方塞がりの状態だ。
しかし状況は限りなく黒なのだ。それは前回、翼が指摘したとおりである。限られた範囲で、しかもバイアスのある事件。誰かが裏で操作しない限り、同時期に重なることはなかったはずだ。
「ううん」
「お、今日は小説ではないのか」
「うおっ」
もはやこれはお決まりのパターンなのか。いつの間には部屋に侵入してきた翼が、またしても昴のノートパソコンを覗き込んでいた。そして飽きもせず驚いてしまう昴。
「あのさ、せめて声を掛ける前に肩を叩くとかしてくれないか」
急に声がするから驚くのだと、昴はそう訴えてみた。しかし翼は、それはそれで驚くだろうと冷静だった。
「まあね」
「それより、終わったことを考えても仕方がない。これ以上の事件が起こることはまずないと考えて大丈夫だ。二宮も暇ではないし、そう都合のいい事件がこれ以上転がっているとも思えない。お前も進路について、真剣に考えろ」
その翼の言葉で、やはり裏で慶太郎が動いていると確信しているのだと気づく。昴はどうして割り切れるのか、それが不思議だった。
「あのさ。どうして二宮先生に何も言わないんだ」
「無駄だからだ。奴が認めるはずがない。それに、事件を起こした連中は自主的に行っている。奴がしたことがあるとすれば、それはタイミングをずらすことだったはずだ。この大学でやっていくのは、そのうち難しくなる。それを示すためだったんだよ。そして自らもこの場を去るために、自分の研究室の問題を利用した。それだけだ」
それだけで済む問題ではないだろと、昴は怒鳴りたかった。しかし、犯行はいずれ行われたのだとすると、慶太郎にはますます何の罪もない。犯罪が起こることを予め知っていたからといって、それを止めなかったことが罪になるだろうか。冗談だと思っていた。そう言い逃れも出来てしまう。
「予め事件を知る、か」
それをどうやったか。証明できれば慶太郎を問い質すことが出来るだろう。そう都合よく事件の予兆を知るなんてことは出来ないはずだ。どこかで、何かがあったはずなのだ。それなのに、どうして誰もその点を探ろうとしないのだろう。
「解ったら、さっさと大学に行く用意をしろ。考えるべきことは他にある」
翼は注意だけしてさっさと出て行ってしまった。何か用事があったのではないのか。ひょっとして、あの事件について蟠りを持っているのを知っていて、探りに来ただけか。あの事件以来、翼の態度も何かおかしかった。何だかよりさばさばした感じがする。
「まあ、変化がない方が怖いか」
当然ではあるのだ。ひょっとしたら親友が自分を嵌めるためだけに、殺人を教唆したかもしれないのだ。いくら不確定な要素を多分に含むとはいえ、ほぼ確定的であることは否定できない状況だ。翼が感情をより押し殺しても仕方ない。
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