最終話 時には蛇足が重要なこともある

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「どうして」 「俺もさっき聞いたんだが、手術が難しい位置だったらしい。それでも大きさからして、日常生活には問題ないだろうと、医者は判断していたそうだ。まだ若いこともあって、血栓を溶かす薬で対応できるだろうということだったようだが」  理志がそう説明してくれるが、何だか現実味のないままだ。それに、その説明が正しいのかも判りようがない。 「視野が狭くなっていたのは気づいていたんだ」  そこに、翼が溜め息とともに漏らした。視野が狭いことに気づく。それはどういうことか、昴は翼をじっと見てしまった。 「あの本棚が倒壊したというやつ。実はあれは片側に本を置きすぎたことが原因だ。つまり、視野が欠けているせいで、あの本棚の左側がよく見えず片側ばかりに入れてしまったんだ。それで壊れたというのが真相だ」  だからあの時、何か病気であることには気づいていたのだ。しかしそれが何か解らなかった。そこにあの事件が起こったのだから、翼にはこれが慶太郎の計画したものだと疑うことが可能だったのだ。  そしてそれは昴も気づけたことだと思い出す。妙に右側に詰め込まれた本。あれは、視野のせいだったのだ。左を確認できないからついつい本を右側に詰め込んでしまう。その結果、不自然に右に本が詰め込まれた状態となっていた。 「本当に病気だったんだ」 「まあ、悔やんでもどうしようもないよな」  そこに理志がぼそりと言った。そうだ、死んでしまってはもう何もしようがない。病気に気づけたとしても、あの段階で慶太郎の行動を総て理解できたわけでもなかった。何もかも、慶太郎は語らずに逝ってしまった。その事実は変わらないのだ。  慶太郎の家はマンションだった。すでに葬儀は別の会場で行うことを手配し、ここにはいないという。それは手伝いに来ていた親族の女性が教えてくれた。部屋から慶太郎の思い出の品と、遺影に使う写真を選んでいたのだという。 麻央はそのことにすでに気づいていたようで、先に葬儀会場に行っているとメールがあった。いや、麻央に連絡を入れたのは翼だから、先にそっちに向かっているように言ったということか。証拠が出てきても見ない。麻央なりの気遣いかもしれなかった。 「すみません。少し、部屋を見せてもらえますか。その、まだ気持ちが整理できていなくて」 「ええ、もちろん。私もなのよ」  翼はわざとこちらを先にしたのだと、昴はその言葉で気づいた。翼がいくら非常識とはいえ、そのくらいは知っていそうなものだ。それなのにわざと自宅を訪れた。  女性は慶太郎からすると叔母さんに当たる人なのだという。気丈にもニコニコと振舞う姿に、あまり長居しては悪いなと昴は思った。部屋の中は写真を探すためにいくらか散らかっていたものの、他は慶太郎が生活していたままだった。 「突然だと何かと大変だわ。それに若いでしょ。もう、どこから手を付けていいのか」  叔母さんは散らかっているのは気にしないでねと笑う。このミスマッチな状況こそ、誰も慶太郎の死を予測していなかった証拠なのだと、昴は胸が詰まる思いがした。そしてまだ遺体と対面していないとはいえ、死んでしまったという事実を突き付けられる。
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