独白

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   「……」  俺はゆっくりと目を動かし、ディスプレイの方を見た。電源の切れた黒い画面に、背後にいる人間の顔が映っている。少女だった。見たところ、肌は褐色、白い短髪はつやがなく、片耳に赤い石のピアスが揺れている。 「驚いたな。どこから迷い込んだ?」 「ひと月前、村に来た悪魔払いの人たちに拾われた。さっき焼かれて死んだ人たちと一緒に来た」 「よく炎に巻き込まれなかったもんだ」 「あれくらいの炎なら、平気。私の魔術で、跳ね返せる」 「そうか。それで、俺を殺すのか? それとも、脅して強請ろうとしてるだけかな。俺はさっきの悪魔払いたちだけじゃなく、他にも用心棒を何人か雇ってる。もしその銃の引き金を引いたなら、今お前をスコープに入れている狙撃手はお前より早く銃弾を発射するだろう」  少女は首を振った。 「これは銃じゃない。これは村の神木で作った杖。あなたは痛みもなく、眠るように死ぬ。それに、その狙撃手は、さっき殺してきた」  そんな後出しジャンケンがあるか、と俺は思わず笑った。とうとう年貢の納め時が来たのだと思った。 「ならどうして躊躇ってる? 悪魔に魂を売った罪深い男を殺したいんだろう。早くやれよ」  少女は大きな目を瞬かせた。 「村の教会の神父様が仰っていた。『憎むべきは人ではない、そして悪魔でもない。憎むべきは人の心に巣くう悪なのです』と」 「……」 「貴方は、たぶん、悪魔と契約をしている。身勝手で欲深い悪魔に魂を売り渡している。殺すべきだ、と思う。でも、貴方の心に悪が巣くっているとは、なぜか思えない」 「お前、家族は?」 「死んだ。村の長が、ある日突然悪魔に取り憑かれた。村のほとんど全員、殺された。前の日までは、家族みたいに仲が良かったのに。悪魔は自分のことを『残虐の悪魔』だと言って、恐ろしい笑顔を浮かべていた。私はクローゼットに隠れていて、無事だった」  俺は少し考えて、こう言った。 「その悪魔を探し出して、復讐したいとは思わないのか」  少女の瞳が揺れた。 「でも、そんなことは、できない」 「なぜできない?」 「悪魔はすぐ村からいなくなった。人間の力では探せない」 「探せるさ。俺には悪魔が憑いている。俺を殺すのをやめて味方につけば、俺はお前の願いを叶えてやれる。俺に銃……いや杖を向けたことは、水に流すと約束する」  少女の顔が引きつった。 「……悪魔に魂を売った人間に、自分の魂を売るような真似は、できない」 「魂を売っても、心は売らなければいいさ」 「魂と心は同じものでしょ」 「さあな。細かいことは俺は知らないよ。で、どうする? 俺と契約するか、しないのか」  頭に突きつけられた杖先が離れる。ゆっくりと頭を回して振り返ると、少女はじっとこちらを見て、こくりと頷いた。 「いい子だ」  俺と契約したあの悪魔が、見えない姿ではあるが部屋に現れ、こちらを不思議そうに見ているのがわかった。俺は少女の頭を撫でた。俺の役目というのは、もしかしたらこの少女を救うことなのかもしれないな、と思いながら。    
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