帰宅

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帰宅

 家に帰ると、大宴会が始まっていた。 「……」  まだ夕方であるにもかかわらず、玄関まで酒臭さが漂っているのが、鼻をきかさずともわかる。どうやら友達も大勢招いているらしく、狭い家にガヤガヤと笑い声が響いて、とてもうるさい。まるで幼稚園の入口のようだと、俺はローファーを脱ぎながらため息をついた。ここに集まった昔を懐かしむばかりの大人達よりは、もしかしたら、今時の幼稚園児の方が数段賢いかもしれない。  リビングのドアを開けると真っ先に、床に転がった大量のビール缶が視界に入る。かがんでそれを拾いながら、さて今日は何の日だったろうかと、少し思いを巡らせた。結婚記念日か、給料日、はたまたヤンキー時代の友達の誕生日、それとも、俺がこの前模試の数学で校内一位をとったお祝いだろうか。未成年の俺は飲めないうえ、残り物しか食べさせて貰えないし、終わった後はいつも一人で後片付けをさせられるので、あまり嬉しくもないが。 「おお、帰ったか、清孝」  片手に通学鞄、片手にビール缶を持ったまま、呼ばれた方を見る。寿司桶やつまみのオードブルの並んだテーブルの一番奥、上機嫌で顔を赤くした親父が、露出度の高い服を着た若い新妻を傍らに引き寄せながら、へらへらと笑いかけてきた。 「お前も飲めよ。今日は許すぞ。なんたって、今日はお祝いだからな。ほら」  レジ袋を漁る音がした後、ラメ入りのネイルが施された妻の手から受け取った真新しい缶チューハイを、親父はニヤけ顔でこちらに差し出した。 「うまいぞ」 「俺は飲まない」 「ああ?」 「食べ物の味もわからない俺なんかに酒を振る舞うのは、お金の無駄だよ、父さん。もったいないじゃないか」  そうだな、と言うと親父はそのままチューハイを開け、ぐびぐびと飲んだ。ぷはぁ、と爽快な顔で口を離すと、親父はいつものように饒舌に語り出す。 「お前、何食ったって、何見たって、一切顔色変わらねぇしな。数学ができるのは羨ましいが、それじゃお前、計算機と同じだろ。感情がないんなら、生きてて何が楽しいのかわからねーよ。どんだけ頭が良くても喜びを感じられねぇなら、意味ねーじゃん。俺みたいに馬鹿でも楽しんで生きられる方が、よほど幸せってもんだ」  なぁ、と傍らの女に頬擦りをし始める親父から静かに目線を外し、自分の部屋に向かおうとしたときだった。いつも家に集まってくる親父の友人達の中に、見慣れない顔が交じっているのを見つけた。 「……」  肩まで伸びたサラサラの黒髪に、白いVネックのシャツ。見たところ二十歳半ばくらいで、他に比べると異様に若い。陽気にはしゃぎ騒ぎ回る大人達の中、痩身の彼だけは冷めたような薄ら笑いで、缶ビールをちびちびと飲んでいる。俺の知る限り新顔のはずだが、その割には妙に周りに溶け込んでいる。まるでずっと昔から親父の飲み仲間であったかのような自然さで、その男は、俺の家のリビングに悠々と座っていた。    
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