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独白
それから十年後。
24になった俺は財団を立ち上げ、それを束ねるトップとして働いていた。ある日、所有するビルの最上階で机仕事をしていると、黒いローブのようなものを着て、杖のようなものを持った初老の白人系男女が数人、ノックもなしに部屋に入ってきた。そして無遠慮な冷たい声で言った。
「羽山清孝だな?」
俺は眼鏡を外し、彼らを見た。
「アポは……とられてませんね」
「我々は悪魔払いだ。貴殿が悪魔と契約を交わしていることは、我々の調査で既に明らかになっている。従って速やかに、浄化をさせていただく」
「何のことでしょうか」
とぼける俺に構わず、悪魔払いと名乗った彼らは、つかつかとこちらに近付いてくる。俺はため息をついて言った。
「仮に私が悪魔に憑かれているとして、そんなことをして何になるのでしょう?」
「すべからく悪魔は、人の世に災いをもたらす。個人が勝手に自らの利益のために契約を結ぶことなど、あってはならないのです」
俺は椅子から立ち上がると、スーツの襟を正した。
「二億二千万円」
「なんだって?」
「これはこの国で、一人の人間が死ぬまでに使う金額です。貴方たちの一人でも、それをどこの馬の骨とも知れない子供のために、ポンと出してやれる方はいるのですか?」
答える者はいなかった。俺は続けた。
「私がいなくなれば、この財団が孤児達を支援するために使っている資金の大半はなくなるでしょう。無論私達は、底なしの慈善をするわけではない。不幸な子供たちが大人と呼ばれる年齢になるまで生きられるよう手伝いをするだけですから、いくら孤児であっても、大人になってからは自力で生きて貰うほかありません。でも、子供より大人の方が、一人で生きられる可能性はずっと高い。そうでしょう? もし私が消えたら、そんな子供たちはどうしたらいいというんですか」
すると、悪魔払いたちは顔色一つ変えずに答えた。
「では、死ぬしかないでしょう。悪魔の力に頼らなければ生きることができないのなら、初めから彼らは、生きるべきではないのだ」
「……」
俺は無言で指を鳴らした。次の瞬間、悪魔払いたちは黒い炎に包まれた。混乱混じりの悲痛な絶叫が響いたが、魔術でつくられた見えない防音壁で囲まれたこの部屋に助けが来ることは、俺が警備会社に連絡をしない限り永遠にないだろう。
いつの間にか俺の周りには、姿を隠していたはずの数人の若い悪魔払いたちが立っていた。
「う、裏切り者!」
逃げても追ってくる黒々とした炎から逃げようとしながら、初老の悪魔払いが叫ぶ。若い悪魔払いの一人が失笑した。
「あんたらが悪いんだよ。いくら悪魔を祓っても、得た報酬は古臭い教義にかこつけて、あんた達が独り占めする。クソみたいな師匠の世話を義務づけられて、副業だって禁じられてる。身寄りのなかった俺らがこれまでどれだけ悪魔払いの修行に時間を捧げて、他のことを犠牲にしてきたか、知らないはずがないのに」
炎に焼かれる初老の悪魔払いたちを見ながら、俺は煙草に火をつけた。
「許してくれ、頼む……報酬なら、金なら、これからはちゃんと払う! 我々は家族のように一緒に暮らしてきた、師弟じゃないか…!」
「知ったことじゃねえよ」
黒い炎が勢いを増した。
「俺らは金で雇われて、この人を守り、命令があればあんたたちみたいなのを殺すよう言われた。この人はちゃんと相応のお金を払ってくれた。普通に嬉しかったよ。ことあることに『自分たちは家族だ』と言ってくるあんたたちが、俺らとの約束なんて守るに値しないちっぽけなものだと思ってるってことはもう、嫌と言うほどわかってるからな」
やがて、床には灰だけが残り、その灰さえ綺麗に消すと、若い悪魔払いたちはどこへともなくいなくなった。俺は息をついて煙草を灰皿に捨てると、再び椅子に座り直した。その時だった。
「うごかないで」
後頭部に、硬い物が当たった。
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