6-119『いつか終わる夢』

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23:20 それからしばらく、姉弟にとってまるでさっきまでのモヤモヤが全部嘘だったかの様に、とても賑やかでとても華やかで、どうにも形容出来ないくらい素敵で楽しい時間が流れた 最大級に優しい味がする最高級のお寿司を口いっぱいに放り込んでは、そこに居る全員が一様に最高の笑顔の花を咲かせる こんなにもとてつもなく楽しいと、姉弟は思わず今夜が最後だなんて忘れてしまいそうなくらいだった…………… 「おいブラザーこの野郎!その中トロは私が最後の楽しみにって取っておいた奴だぞ!なんて事をしてくれるんだ弁償しろ!」 好みのネタを持っていかれて一喜一憂、しかしそれでも今だけは、どんな言葉のやり取りですら姉弟は愉快で堪らなかった 「うるさい!シスターだってさっき俺の狙っていたウニを食っただろ!しかも誰の目にも解る様に飯台の端の方に寄せておいたのに!」 「黙れ!今夜は私が主役なんだぞ!」 こんな低俗な言い争いもスナック紅で出来るのは今夜が最後だ、なら姉弟は冗談100%の口論も100%の全力だった 「まあまあ奈々ちゃんも大河も、こんな素敵な夜に口喧嘩はいけませんぞ?ほらほら僕のマグロをあげるから喧嘩は止めなさい」 するとずっとそんな姉弟のやり取りを微笑ましそうに見ていた熊さんのやる事にゃ、たったの今の今まで口の中でクチャクチャとさせていた既に原型のないマグロを、あろう事か口移しで奈々に渡そうとして来た 「殺すぞ童貞!!!私の唇はそんなに安くねぇんだよ!軽く1億万年は早いわ!!!」 「てっ、手厳しいぃぃぃ!!!」 「鏡を見てから出直せ童貞!!!」 思わず殺意を覚えるほどに下品極まりない、でも姉弟にとっては愉快で愉快でならなかった、しかしこのまま平穏で終わらないのがスナック紅の醍醐味で、間もなくお寿司の全てがみんなの胃袋に溶ける頃、この完全飽和状態のスナック紅に、新たに追加でお客さんが訪れる事になるのだった…………… 《カラーン!!!!!》 すっかり聞き慣れた出入り口の鈴の音が店内に大きく鳴り響く、こんなにも全員のテンションが高まっている所へ一体誰だろう、しかも豪快に鳴った鈴の音に察するに、それは相当テンションの高い来客と見た、しかし最大級に盛り上がっていた姉弟は少しも恐れる事はなく、機敏に軽やかに出入り口の方へと目をやった 「ヤッホー!私達も参加させてよ奈々!」 「真央!それに健太郎も来てくれたの!?」 これで今夜は泥酔確定、しかも朝までこのテンションは下がらない事が容易に予想される、でもそんなハイテンションの真央の手には綺麗なバラの赤さが映える花束が握られていて、奈々にとっては二日酔いの恐さよりも嬉しさの方が圧倒的に強かった 「梓ちゃん久しぶり!嬉しい事に座る所はなさそうだけど私と健太郎も参加させてね!」 「久しぶり!まあ絶対にゆっくりなんて出来ないだろうけどゆっくりしてってね!」 手にしていた花束はきっと後で頃合いを見て贈呈するのだろう、真央は相変わらずのテンションのまま梓にそれを託して一度奥に引っ込めてもらうと、既に大盛り上がりの姉弟にも負けず劣らずの勢いで、そこからやっぱりさらに強烈な真央節を炸裂させた 「えっ?奈々、この子が美保ちゃん?デキる新人って噂の美保ちゃんだ?」 「ピンポーン!ねえ美保ちん!その見るからに頭の悪そうなうるさい女は私の親友!真央って言うんだけど多分私が辞めてからも時々来ると思うから、その時は仲良くしてあげてね!」 「よっ、よろしくお願いします……………」 美保は控え目に真央に頭を下げた、なにしろ真央のキャラクターは戦慄を覚えるくらいに強烈だから、きっとさすがの美保でもその迫力に圧されてしまったのだろう、遠目で見ていた大河は直感的にそう察して、面倒は承知で果敢に間に割って入った 「おい大河!お前丁度良い所にこっちに来たもんだ!それでさっそくなんだが大河さ、ったく奈々ったら私がせっかく来てあげたのにも関わらず、開口一番根も葉もない悪口を言いやがって、弟分としてそんな姉はどう思う?」 「どう思うって、そりゃあシスターらしくて最高じゃないすか!ムキになるだけアホさ加減が露出しますよ真央ちゃん!」 「いぇーい!ブラザー大好きっ!」 すると予想通りにさっそく面倒なシチュエーションに巻き込まれた大河、でも雰囲気的にも今夜は無礼講と言った様子で、どんな強烈な言葉でもまかり通ると確信をしていた大河は、敢えて吹っ掛ける様な口調で答えた 「言ってくれるねぇ!同じ誕生日の姉弟はどこまでもラブラブってか?ああん!?」 しかし挑発を受けた真央はもう止まらなかった、もちろんきっとそれも冗談の一環だったのかも知れないが、なにせ興奮させてしまった相手は他ならぬ真央、それに一緒に連れて来た彼氏の健太郎は完全にそっちのけだったし、調子に乗って全力の冗談を飛ばした大河だったが、その直後に不敵な笑みを溢す真央に至近距離で睨まれたのなら、こんなに愉快な場面でもさすがに悪い予感も覚悟せずにはいられなかった 「オーケーオーケー、ならそんなブラザー君が親愛なるシスターちゃんの事をどこまで知っているのか質問をしても良いかしら?」 真央だけは本当に解らない、良くも悪くもその場を引っ掻き回す、しかし奈々にとってはそれでもそこは親友だから、危険な質問をする事はないと確信をしていた しかし…………… しかし次の瞬間、真央はまだたいして飲んでいないにも関わらず、ある意味危険な質問を大きな声で大河に尋ねた 「何も言わないって事はオーケーって事ね?ならさっそく質問その1、可愛い可愛い奈々お姉ちゃんが、最後におしっこをおもらしした年齢は何歳の時でしょうか!?仲良しのブラザー君ならきっと答えられるでしょ!?」 「ちょっと真央!!!」 「へへーん!その直後奈々ったら泣きながら私に電話をして来たもんね!でも今夜で卒業なんだから構わないでしょ!?」 「ったくお前マジで死んでよ……………」 大河に何を聞くのかと思えばまさかまさかのおもらしの事、奈々は当然受け身も取れなかったし、展開があまりにも急で、焦りから来る鳥肌と赤面する事を禁じ得なかった しかもさらに奈々を辱しめる事に熊さんと丈君が嬉しそうに同じく頬を赤らめていて、その上大河はヘラヘラと笑っているのだから、奈々は穴があったら入りたいくらいの気持ちだった 「どうした大河?そんな事も答えられないで本当に弟分なのかい?」 そして真央は最強に悪そうで楽しそうな笑顔をしながら、執拗に大河に答えを求めた 「32歳!去年の冬だぜこの野郎!!!」 大河はここまで来たなら「もう良いや!」って感じだった、例え奈々が恥ずかしい思いをしても自分には関係ない、それにこれだけ一挙に視線を集めてしまうと、きちんと答えられない方が逆に問題だった様に思えていた 「ブラザー殺すぞ!そして真央も絶対に許すもんか!私の一番恥ずかしい思い出をみんなの前で暴露してくれやがって!」 それでもまあ楽しいは楽しい、でもこのタイミングで恥ずかしいおもらしを晒されて黙っている奈々ではなかった、そして奈々はきちんとキレて自分らしさをキープする だって楽しければそれで良かったから、たくさん笑えた素敵な思い出として心に刻む事が出来たならそれで良かったから、それにただ一つ明らかに奈々の中で変わったのは、無事には済まないと密かに懸念していた今夜が、無事に済ませたくない今夜になった事だった 「優奈ん!美保ちん!こうなったらテキーラだロンリコだ!店にあるお酒全部持って来て!この二人は絶対にマジで許さないよ!」 「ねぇ奈々?そんなに飲んだらまたしちゃうかもだよ?お・も・ら・し!」 「早く酒を持って来い!!!!!」 奈々は声を荒くして二人を急がせた、でもこんな事を言って来るのも言えるのもやっぱり親友だったから、そして弟分だから、ガヤガヤと大袈裟なまでに騒ぐ奈々でも本当は嬉しかった、ただこのトンデモ暴露を放置するなんてどうにも自分らしくなくて、そんな大切な二人に敬意を評して、奈々はテンションと共にアルコールの度数も容赦なく高めるのだった…………… 23:55 賑わう卒業式はまだまだ続く……………
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