6-119『いつか終わる夢』

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男も女も、そして酒も荒ぶり始めた今夜のスナック紅、その盛り上がり方は普段の落ち着いた雰囲気から考えるとまるでもっと都会の違う店の様だった 奈々を中心に賑やかな笑い声が響き、それぞれのお酒のペースも早くなる、カラオケなら次々予約の曲が入れられて10曲待ちもザラだった、そんな中で自分のカラオケの出番を待ちながら少しクールダウンをしたいと思う様になった大河は、荒ぶる賑わいの中心地、奈々と真央のコンビから一旦自然に距離を置いて、誰かが離席した空席の椅子に勝手に陣取り、優しめの焼酎なんかを飲みながらそっと煙草に火を着けた 「今夜はマジで凄いや、まだ日付も変わったばかりだと言うのにまるで深夜の2時か3時のテンションなんだもん、ずっとこのペースだとさすがに俺も耐えられないよ」 大河は煙草をすいながら相変わらずの店内をぐるりと見渡すと、偶然目の前でお酒を作っていた優奈にぼやいた 「こうしていると本当に今夜が最後だなんて嘘みたいだよね、楽しいのが切ないなんて私初めてだよ、こんなにもたくさんの人に愛されている奈々ちんとバイバイなんて、事情を知っててもやっぱり嫌だもん」 そんな中でどうやら優奈は、これまで梓に次いで誰よりも冷静に接客をしていたからか、一人盛り上がりの外れの方で何やら分析をしていて、そして勝手に侘しさに苛まれていた 「確かにな、まあでもこれが有終の美って奴なのかも知れないよな、当の本人もいつも以上に自分らしく楽しそうで、ただテキーラとロンリコはマジで余計だぜ、ショットで1杯ずつしか飲んでないとは言え喉が焼けそうだ」 「確かにね、でも真央さんと健太郎さんが来ているとなると、きっと奈々ちん的にも仕方がないんじゃない?」 「まあ本人が嬉しそうにしてるから俺はそれで良いよ、それに俺達も俺達らしくしていた方が、きっとシスターも喜んでくれるさ、さあ優奈も何か飲んでくれ、ここらで少し休憩だ」 「ありがと……………」 目まぐるしく上がり続けるその場のテンション、息つく間もないカラオケとトークの連続、うんざりするほど嬉しい事に騒がしいこんな夜の真ん中で、大河と優奈はつかの間に肩の力を抜いて、盛り上がるみんなを横目にほんの少しだけ黄昏を得ていた 「あのぉ大河?」 「ん?どうかしました?」 するとそんな休息の所へ、完全に仕上がった見るからに酩酊手前の真っ赤な顔の熊さんが、くわえ煙草の大河の背中に話し掛けて来た 「あのそれでさっきの話なんだけど」 「さっきの話?もしかしてシスターの?」 「そう、それでそのおも、おもらしの後始末とかは大河がしてあげたのかい?」 「はぁぁぁ!?」 この変態童貞め、その話をしたおかげで流れ弾が如く強い酒を飲まされたと言うのに、大河はその話だけはもう勘弁願いたかった 「だからその、パパパ、パンツとかって見たんでしょ?ほら着替えないと風邪引くだろうし大河は優しいから」 「なら優しい大河はノーコメントです!パンツも何もあの時は……………」 「あの時は……………ごめんなさい失礼します、優奈悪い!俺ちょっと煙草を買いに行って来るからお酒はそのままにしといて!」 00:35 奈々が有終の美を飾るに相応しい賑やかな夜、にも関わらず予期せぬ会話の連続にふと思い出したくない事を思い出してしまった大河は、まったりと座っていられる席を手放してまで、一旦夜の静かな町に逃げ出して、嫌味な雨こそは奇跡的に止んでいたが、お店からほど近いほんのり夜露に湿っているガードレールにもたれ掛けると、またまた煙草に火を着けてどうにか笑顔を取り戻すべく、一旦頭の中で荒ぶる思い出と静かに向かい合った おもらしおもらしって、男も女もみんな何も解っちゃいない、泥酔でしでかした失禁なら笑い話だったさ、でもあの時は決してそんな事とは違ったんだ、もっともっとヤバい失禁だったんだよ、あの時の衝撃は一生忘れられない 居合わせた俺だって夢か現実かマジで一回疑ったんだ、10歳も歳が上の大人の女性のおもらしなんて、そりゃあ病気系のドラマかなんかで前に見た記憶はうっすらあったが、リアルは当然初めての事だったんだ でも熊さんよ、あの時は後始末とか着替えるとか、そんな低次元な話では済まなかったんだ 精神失調なシスターは大悟との確実な別れを予感して冬の冷たい噴水の中に身体を沈めた 卑怯だよな、そんなを事されたら俺はもう何も出来ないよ、だから不本意ながらも今日まで必死にやって来たんだ、そんな事を今夜に限って思い出させないでくれよ 毎日が限界だったんだから…………… 大河は後何曲後かに自分のカラオケの順番が回って来る事も忘れて、雨雲の立ち退いた星空に照らされながら今日までの日々を見つめた、でも一度ネガティブに堕ちた気持ちが、再びポジティブさを取り戻すにはどうやら時間が必要だった様だった…………… ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「おーい、大河?」 「へっ?」 すると突然どこからか聞いた覚えのある声に呼び掛けられて、大河は思わず顔を上げた 「なんだよこんな所で、煙草は買えたのか?」 心配してくれていたのか、静かな夜の町まで声を掛けに来てくれたのは北川さんだった 「北川さん……………すいません今すぐ戻りますんで!そう言えばそろそろカラオケの順番ですよね、失礼しました……………」 「まあ良いさ、それより大河の順番までは後5曲くらいあるから20分は大丈夫、俺も少しこのペースだと疲れちゃってさ、このままここで少しクールダウンしていこうよ」 「そうですね……………」 00:50 大河と北川さんの二人は、そのままガードレールにもたれながらしばしの休息を得る事にして、とりあえず二人揃って静かな星空をゆっくりと見上げては黄昏た……………
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