6-120『Kurenai』

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それからもしばらくは、少し騒がしいくらいの賑々しいカラオケの時間が続いた…………… しかし奈々がその場の勢いで投入したテキーラとロンリコのおかげで、残念ながらC.E.O以外のお客さんは激しいハイテンションに着いて来れなかったのか、酔い潰れる者眠る者なら続出、満足に卒業式に参加出来ない者も徐々に現れ始めて、気付けばお店にはC.E.Oと真央と健太郎の、常連客だけになっていた…………… 「いやいやさすが奈々だね!これだけの人数を長時間に渡り引っ張れるんだもん!こりゃあ梓ちゃんも痛い卒業でしょう!?」 深夜の2時を過ぎた頃、いい加減に騒ぐ事に疲れたのか、何人かが帰宅をしてきちんと座れる様になった所で、真央は突如として真面目モードに突入し、語り口調こそ相変わらずのハイテンションだったが、カラオケも一区切りで冷静な話を展開し始めた 「まあねぇ、でもそれがきっと人生なんだよ!だから奈々ちゃんの人生の足を引っ張るなんてしてはダメなんだ!仲間なら幸せになる応援をしてあげるのが当たり前の事でしょ?痛いとか痛くないとか関係ないね!だから真央ちゃんだって今夜は来てくれた、そうでしょ?」 「さっすが梓ちゃんだ!やっぱりみんなのお姉さんだね、私が働いていた頃とその優しさは変わらない、でもそんなに優しくすると泣き虫の奈々がワンワン泣いてしまうのでは?」 「うるさいなぁ!私は泣き虫なんだよぉ!」 しかしこの時既に、奈々の涙腺のダムはとっくに崩壊していたのだった…………… 「私だって、私だって本当は大好きなみんなとバイバイなんてしたくないんだ、だって私はみんなに教わったんだよ?所詮はお店の女の子とお客さんだったかも知れないけど、でも出会いは出会いだった、だけど……………」 「だけど?続けてよシスター……………」 大河はまじまじとそんな奈々を見つめながら涙でぐしゃぐしゃの背中を押した…………… 「だけどやっぱり次の朝が私達を迎えに来たら、もう私はスナック紅の奈々じゃない、でもどうしてそうなるかって言われたらやっぱり私の勝手って事になるけどさ、それでも私は毎晩の様に楽しく飲んでくれたみんなに感謝をしていて、でも感謝を伝えるにはどうしても時間と言葉が足りなくて……………」 しかし奈々はやっぱり言葉を詰まらせた、どうしても嘘ばかりだった自分が自分の邪魔をして、言えない事が感謝の邪魔をしていたのだ 「もう良いよ、もう良いよシスター、泣きたきゃ泣けよ、俺も付き合うから……………」 このまま奈々の涙の言葉に店中が埋め尽くされたら、きっとこちらも泣いてしまうだろう、大河は語り尽くせぬ思い出の語り部を止めた 「みんなで歌おうよ、涙なんて邪魔だ、だって俺気付いたんだもん、感謝をする側もされる側も関係ない、だって感謝をされた側も感謝をしたいんだから、そうでしょみんな!」 今日だけはどんな種類の涙も流したくはなかった、だから大河は強気なまでに大きな声で男女合わせて12人に訴えた…………… 「でっ、でも大河!世代も性別もバラバラなんだ、気持ちは解るけど合唱は無理だろ?」 しかし奈々の事が大好きな丈君だけは異を唱えて来た、きっと奈々の涙ながらの最後の言葉を聞きたかったのだろう、それでもそんな意見は泣きたくなかった必死の大河には関係なくて、自信満々にデンモクを頭上に掲げた 「大丈夫ですよ!だって日本にはそんな世代も性別も超越出来る文化があるんだから!それに俺だって今夜ばかりはロックンロールの押し売りをしに来たんじゃないんだ、大丈夫ですよ安心してください、ジブリの歌ならみんなで歌えるでしょ?「そいやっさっ!」」 それは突発的で勝手な思い付きだった、でも優しいスナック紅のみんななら、きっと自分が昔好きだった映画の主題歌なら多分みんなも好きだろうと、根拠もないのに確信する事が出来ていて、大河は同意を得る前にその曲をデンモクから本体に転送をした…………… 「おい大河!懐かしいなそれぽんぽこだろ!」 すると前奏の段階で一番歳の離れた北川さんが明るく反応をしてくれて、大河の勝手な確信はより強固な確信になった 「そう!ジブリの【平成狸合戦ぽんぽこ】、ちなみに今ここに居る中では俺だけが平成生まれで!そしてこの映画の公開は俺の生まれ年!その主題歌の【いつでも誰かが】は俺達からシスターに贈る卒業式の合唱曲だぜ!!!」 大河はマイク越しに大きな声で堂々と、伝えたかった気持ちを叫んだ…………… 「ブラザー!お前は私がその映画大好きなの知っててわざと選んだろ!ブラザーの意地悪!どこまで私の事を泣かせたいんだよぉ!」 「いつだかここで飲みながらジブリの話もしたもんな!でも知るか!みんなで歌おう!」 それは単なる懐かしい歌、22年前に公開されたまあ懐かしい映画の主題歌、しかしそんな曲は今の奈々の心境にピッタリ当てはまった いつでも誰かが…………… きっとそばにいる…………… 思い出しておくれ…………… すてきなその名を…………… 心がふさいで…………… 何も見えない夜…………… きっときっと誰かが…………… いつも、そばにいる…………… まさかこのタイミングでその曲を聞く事になるなんて、予期せぬ嬉しいサプライズに奈々の涙はそれこそおもらし状態だった…………… そうだよね…………… いつでも私の傍にはブラザーが居たんだ、居たくもない筈なのに居てくれたんだ、会えば会うだけ、電話をすれば電話をするだけ、ブラザーは決して口に出来ない大変な秘密を抱えてくれた、でもブラザーは決して私から逃げたりはしなかった、まあそれは時に喧嘩もしたよ?でもいつでもきっと傍に居てくれた 辛かったよね…………… 全部が全部誰にも言えない事で、ブラザーの事をとっても苦しめてしまったよね それなのに思い出しておくれって、きっとブラザーだって忘れたいくらいの日々だったでしょうに、思い出しておくれって…………… 私なんて最後の最後までお姉ちゃんらしい事はしてあげられなかった、ワガママ放題迷惑を掛けてばかりで、ブラザーが泣き虫になったのは全部私が悪いからなんだよ それなのに…………… いつもそばにいるなんて…………… 「うわぁぁぁん!!!」 奈々にはもう耐えられなかった、こんなにも傷付けた大河にこれ以上優しくされる事が耐えられなかった、それなのに現実的にはまだまだ大河の理解と支援を必要としていたから、奈々はそんな究極の矛盾に呼吸すら苦しくて、どうにも行き場のない溢れた気持ちは、もう上手な言葉も残されていないし、まるで子供の様に泣きじゃくる事で体現するしか方法はなかったのだ 「シスター……………」 「へっ?」 「こっちに来て……………」 大河はそんなまるで子供の様な奈々を、カウンターの向こう側からこちらへ呼び寄せた だってそんな事をされたら、そんな事をされたら大河だってもう涙を流す事を耐えられなかったから、だってこんなにも感情移入をしていた奈々が、そしてその親子もろとも小田原から居なくなってしまうのだから…………… 「バカ野郎が!色々あった、色々あって俺は疲れた、そしてこれからもきっと疲れる!だけど居なくなるなんて寂しいよ!だってもうこれからは喧嘩も出来なくなるんだぜぇ?」 「ブラザー……………」 「「泣き虫」上等!だって俺は悔しい事に同じく泣き虫のシスターが居てくれたから今の俺が居るんだもん!シスターが居てくれたからなんだよマジで!だって俺なんかは所詮平成生まれだからよ、だからきっとシスターが居なかったら今頃C.E.Oの頭数にも俺は入っていなかったろうよ、あの日ボロボロになってた俺をシスターが救ってくれたから!だから俺だって今日まで必死の必死だったんだよぉぉぉ!!!」 「もう……………何も喋らないで……………」 泣かないなんてもう無理だった、泣き止むなんて不可能だった、四六時中大悟に対する罪悪感に溢れている筈の大河に、改めて大粒の涙で感謝を言葉にされたら、奈々はせっかく楽しく盛り上がっていたにも関わらず、今になってネガティブになりそうで恐かったのだ 「シスター……………」 「ブラザー……………」 しかし周りのみんなも気を使ってくれているのか、変態熊さんも絶賛片思い中の丈君も向かい合った姉弟に一切の口出しはして来なくて、大河もその名を呼ばずにはいられなかったし、奈々だって答えずにはいられなかった 「ねぇブラザー、ギュッてしても良い?」 「ああ……………シスターだから……………」 彼氏も居たし子供も居た…………… しかもその彼氏とは大切な大悟…………… しかしそれでも哀しき姉弟は、とっくに大粒の涙でぐしゃぐしゃの哀しき姉弟は、抱き締め合わずにはいられなかった……………
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