6-120『Kurenai』

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姉弟には意味が解らなかった、どうして今ここでこうしているのか、自分達でさえ意味が解らなかった…………… でも今だけはずっとこうしていたかったのだ、お互いの体温を肌で感じていたかった 「クソが、帰って欲しいけど帰って欲しくない、辞めて欲しいけど辞めて欲しくない、次こそ必ず幸せになれよなシスター……………」 「うん……………」 誰の彼女とか誰が彼氏とか、今の姉弟にはそんな事は一切関係なかった、ただ過去を振り返るにもこれから先の事を語らうにも時間が足りなくて、感謝を伝えたいにも文句を言いたいにも言葉も足りなくて、ただただ肌の温かさを伝える事しか姉弟には出来なくて、もちろん相手の立場を忘れてしまった訳ではなかったが、許させるのなら大河も奈々も今だけはこうして強く抱き締めて合っていたかった 「あっ、ありが……………」 だけどこんなにもたくさんの関係のない人が近くに居たら、ありがとうとは言うに言えない、でも奈々は大河ならきっと言葉にしなくても解ってくれると確信する事が出来ていたから、奈々は言葉に出し掛けた気持ちを喉の奥へと引っ込めて、以降は至近距離で大河の事を見つめるだけで、一切の事を言葉にしなかった 「それで良いんだ、シスター……………」 大河はどれもこれも全部、言葉になんて出して欲しくなかった…………… シスターが改まって言いたい事なんて解ってんだよ、だけど感謝なんて真面目にされたら俺の気持ちはどこへ行けば良いんだ?きっと罪悪感の濁流に飲み込まれて溺死しちまうよ だって俺のして来た事は感謝をされたらダメな事なんだ、誰にも言えない秘密は最後の最後まで秘密なんだよ、何度も何度も子供達と触れ合った事も毎晩していた喧嘩の内容だって、礼には及ぶ事でも礼をされたら困るんだ そうさ俺は客なんだから、ここでカウンターを隔てていた以上はどうしたって客なんだから、年長者の先輩常連客を差し置いて特別な扱いを受けたら立場がないよ そんなのってシスターじゃない、俺の知ってる俺の大好きなスナック紅のシスターじゃない 口が悪くてとにかく下品で、でも心の優しさを隠し切れないのがシスターなんだよ だからお礼なんて口に出さなくたって良いんだよ、何も言葉にされなくたって俺にはちゃんと伝わっているから、ただただ時間の許す限りでここに居てくれたらそれで良いんだから、残されたわずかな時間で俺にも優しい夢を売ってくれよ…………… ただただ客で在る事、どこまでも素直に奈々の客でいる事、その事だけがこの闇の深い夜の世界では唯一とも言える救いだった、きっとこの解り易いお金の関係がなかったら、大河は今頃単なる変態だったに違いない 親友の彼女とそしてその子供達、客だったから会えていたし、客だったから出来た話もあった 「泣かないつもりがすっかり泣かされた、さてとどうしてくれましょう、答えは簡単!アホになって飲むしかないぜ!夜明けまではわずかに後3時間ぽっち、死ぬ気で飲むぞ死なねぇから!攻撃再開だぁぁぁ!!!!!」 大河は奈々の頭をゴシゴシと強く撫でると、もう泣かない為に強い声で宣言した 「うんっ!!!」 涙の後はきちんと笑顔の花を咲かせたい、それが姉弟の切実なる願いだった、だったら抱き締め合って涙を流して、そんな夜の世界に相応しくない時間はもう終わり、しっかりと抱いていた腕の力を抜いて相手を解き放った姉弟は、それぞれ素早く本来のポジションに戻り、そして再び酒を飲むのだった……………
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