6-120『Kurenai』

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泣くだけ泣いて笑うだけ笑い、満足するまで抱き締め合っていた姉弟も、いよいよ後はみんなに習ってこの残された時間を噛み締めるだけだった、しかし今夜は本当にたくさん飲んでたくさん話をして、そしてたくさん歌ってたくさん吸った、すると深夜の3時も過ぎる頃になるとみんなは結構疲れていた でもそんな疲れた顔をする者なんて、今夜は誰一人として居なかった…………… ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「大河ちょっと耳を貸して……………」 すると抱擁の後何曲か歌い、そしてしばらく涙が乾くまでは静かにお酒を飲んでいたのだが、不意に丈君がそんな大河の耳元でささやいた 「ん?」 「ほらほらそろそろ、あれを渡すタイミングじゃね?奈々ちゃんもトイレみたいだし準備するにも今が一番ベストなんだ」 「確かに……………」 大河は右から入って来た丈君の提案を左に受け流す事はせずに同調した、すると同じくプレゼントを用意していた真央達もなにやら準備を始めていて、どうやら奈々に最後のプレゼントを贈るには本当にベストなタイミングだった様だった 「オーケー、ならどんな段取りでいきます?」 大河は反転180度くるりと後ろを振り返って、前向きな声と表情で返事をした 「うーんそうだなぁ、やっぱり誕生日の時のhappybirthdayみたいにテーマに合ったBGMが欲しいよな、マジにこれで最後なんだし」 「また確かにそうっすよね、でも卒業だからと言って露骨に別れの曲をカラオケで入れるのも俺は違うと思うんすよ、だからここはテーマに合わせると言うよりかは、シスターの明るいキャラクターに合わせて明るい曲調の曲なんか俺は良いと思いますよ」 「と言うとロックか?奈々ちゃんと言えば」 「ロックはロックで今度はきっと卒業と離れ過ぎますよね、ドラムがドカドカギターはジャカジャカ、寄せ書きよりも酒ですよね」 「確かに、勢い余ってせっかくの寄せ書きをぶん投げそうで心配だよ」 「何か良い選曲はないもんかなぁ……………」 しかし泣き疲れた酔っ払いと片思い中の酔っ払い、そんな二人の勝手な酔っ払いに名案が浮かぶ訳がなく、でもどうせならきちんとこだわりたかった大河も丈君も、結局奈々がトイレから戻ってもそんな事にすら気付く事はなくて、延々どの曲が良いのか議論を重ねた 「おい大河!ちょっとこっちに来い!」 すると今度はとにかく明るい真央に呼ばれて、大河はお店の中でも取り分け一番騒がしい方へ移動して、そこで再び耳打ちされた 「おい大河、お前hideの曲ならなんでもイケるか?今から歌って欲しいんだよ」 するとどうやらそちら側も都合の良い選曲を探していた様だった 「いやいや全部っても難しいのは自信ないなぁ、それに俺達も別でプレゼント用意しているから、他に歌ってくれる人はいないの?」 「まあね、でも私達も色々考えての大河なんだよ、だって大河と言えば奈々、奈々と言えばやっぱり大河、まあこのお店の中ではね、そしてそんな姉弟と言えばやっぱり誕生日さ、そしたら今夜にピッタリの曲はアレしかないだろ、解るよな?」 「【また春】だ?」 「違う、そうだと言いたいけど違う、だってそれはラストに残しておくべき曲だろ?ならもう一つしかないじゃん、出棺の時に使われた曲だよ、これでいい加減に解っただろ?」 「その言い方はさすがに止めてくれよ、俺達には誕生日なんだから出棺はあんまりじゃねぇか、でも確かに【Good Bye】なら良いかも、ロックと言えばロックだしお別れと言えばお別れだし、でもそれをBGMにさっきの花束を渡すんだよね?それは困るなぁ」 「なんでよ?別に良いじゃん大河も奈々もhideは好きでしょ?問題ないじゃん!」 「大問題だよ、だって俺もその後プレゼントを渡す役目を担ってるんだぜ?その選曲が妙案なだけに二番煎じ感が出ちゃうよ」 「うーん、じゃあアイツはそれ歌えないの?奈々のファンの男、ちょいと聞いてみてよ」 「どうかなぁ、同級生だけど……………」 それが奈々の親友とは言え、こうも終始高圧的だと大河もいささか苛立ちを覚えた、しかしそんな事を心の中で思いつつもやはり真央の言うhideの【Good Bye】はまさに名案で、その提案には大河も無論賛成だった ならここは黙って従うが正解だろう、大河は狭いお店の中を右へ左へ忙しく動き回り、たった今真央に言われた事をそのまま伝えた 「丈さん?どうですかね?」 その場の勢いだったとは言えなんて面倒な役目を引き受けてしまったのだろう、大河は今になって遅い後悔をしながら、恐る恐る頼み込む様に丈君に尋ねた 「なるほどね、オーケー俺が歌うよ!」 「えっ?マジっすか!?」 しかし丈君は良い意味で大河の恐れを裏切り、笑顔の二つ返事で快諾をしてくれた 「まあ一応俺も世代だからな、それに俺だって飲みに通い始めてからただぼんやりしていた訳じゃないんだ、それなりに趣味ならリサーチしていた、hideなら安心して任せろよ」 「あざすっ!!!」 これでどうにか上手く行きそう、大河は胸を踊らせながらガッツポーズを決めて喜んだ 「何々?二人で何の内緒話してたのぉ?」 そこへすっかり涙も乾いて、明るい笑顔を賑々しく咲かせていた奈々も加わった 「これから丈さんがシスターの為にhideを歌ってくれるんだって!シスターまた泣くなよ?」 「本当に!?めっちゃ嬉しいんだが!それでどの曲を歌ってくれるの!?」 「それは伴奏が始まってからのお楽しみだよ!じゃあ大河もそろそろ……………」 「オッケー!任されましたっ!」 「えっ?何々これから何が始まるの!?」 「だから全ては始まってからのお楽しみだっての!シスターも結構せっかちだね!」 「教えてくれても良いじゃんよ……………」 ドキドキワクワク、本来奈々はこの手のやり取りにいささか不安を覚えてしまう性格だったが、でも今回ばかりはとても良い予感に溢れていた、なにせロックンロールが関わって嫌な事なんて起こった試しがない、それに丈君だって大河だって、もちろん他のみんなも一緒に笑顔なんだから、これはもう絶対に良い事に決まっていて、企てる側もドキドキしていたし、企てられた側もドキドキしていて…………… どうやら今夜の卒業式、雰囲気なら最高の状態でクライマックスを迎えそうだった……………
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