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「駄目だぜ」  しかし休憩中、近場の定食屋でそのことを相談したら、ばっさりと大和に切り捨てられてしまった。 「なんで? 白鷹さんならそういうことにも理解あるだろ。その方が俺達も働きやすくなると思うんだけど」   唐揚げを頬張り、大和が顔を顰める。 「だって俺はともかく、政迩がゲイだって知ったらあの人何するか分かんねえもん。前から政迩にセクハラしてるし、『じゃあ今後は大っぴらにやってもいいんだ』とか思われるぞ、きっと」  早速、大和は俺の呼び方を変える方向で行くらしい。俺のあだ名が白鷹にバレたのがよほど悔しいみたいだ。 「そんなことないだろ。後輩の恋人に手ぇ出すような人には見えないし」 「お前は昔の白鷹くんを知らねえから」 「昔のって?」  何気なく訊くと、大和が辺りを見回してから顔を寄せてきた。 「あの人昔は、片っ端から気に入った相手と関係持ってたんだよ。当時はちゃんとした恋人がいたのにだぞ。しかも、相手がゲイとかノンケとか関係なく。そんなことばっかしてたんだ」 「でもそれってあくまで昔の話だろ。今はもう、いい大人なんだしさ」 「とにかく俺は言うの反対だ。白鷹くんのことは好きだし尊敬もしてるけど、男のことになると誰よりも信用できねえ」 「白鷹さんも大和のこと気に入ってるだろ。見てて分かる」 「こ、怖いこと言うなってばっ」  それから俺達は定食屋を出て店に戻り、スタッフルームで煙草を吸いながら残りの休憩時間を潰した。  狭くて煙草臭いスタッフルームには、暇潰し用の雑誌や漫画、以前店内で使っていたBGM用のCDが大量に積まれている。その横には、ファッション雑誌の撮影で来店した芸能人やモデルのサイン色紙がぞんざいに放り出されていた。店に飾れば集客効果もありそうなのに、白鷹も大和もその辺り無頓着なのだ。 「しかしさ、三日くらいまとめて政迩と休み欲しいなぁ。スノボ行きてえ」 「旅行なんてもう随分行ってないな」 「夏は海行こう、絶対。そして夜、満天の星空の下でいちゃつこう」 「そして職質されて、公然ワイセツ罪で大和だけ逮捕」  大和が項垂れ、頭を抱える。 「毎度のことだけどさ、雰囲気壊すようなこと言うなよ」  思わず笑うと、大和も笑った。俺達は指に煙草を挟んだまま軽く唇を合わせ、店内から聞こえてくる音楽をBGMに、また笑った。 「こんなことしてたら、いつ白鷹くんにバレるか分かんねえな」  そそくさと煙草を消してトイレに立とうとする大和の腕を、軽く引っ張る。 「休憩時間あと五分くらいだろ。白鷹さん接客中だし、もう一回」 「え。ま、政迩──」  慌てる大和の唇を塞ぎ、強引に舌をねじ込ませる。二人で休憩に入るのだって半年に一回、あるかないかのことなのだ。そう考えると、急に時間が勿体なく思えてきてしまった。 「危ねっ……。政迩、灰落ちる」  入口からは死角になるはずの壁際へ大和を追い詰め、更に唇を合わせた。大和も俺の背中に手を回しながら、だけどやはり少し警戒しているようだ。 「……そんなキスされたら、ヤりたくなるだろ」 「やれよ。大和、五分でイけるじゃん」 「ばっ、馬鹿言うな。五分はさすがに無理だっての」  むくれる大和の頬に軽くキスをしてから、俺は煙草を咥えて大和から離れた。不器用な俺なりの愛情表現だ。白鷹とのことで大和が嫉妬したとしても、俺が好きなのはお前だけ。それを証明したつもりのキスだった。 「じゃ、先に戻ってるぞ。ついでに大和のもタイムカード押しとくよ」 「待てよチカ、俺も行く」  トイレに行くのも忘れて、慌ただしく大和が俺の後を追ってくる。店内に戻ると、白鷹が売場でスマホを弄りながら俺達を見て「おかえり」と呟いた。 「何してんですか? 出会い系?」 「相手はメーカーだけどな。スニーカーソックス売れるから、追加かけとこうと思って」 「あ、そしたら白鷹くん、ファーのイヤマフも追加してほしいです。安いので構わないんで。缶バッチもそろそろ在庫尽きそうだし、あとステッカーと……」 「大和」 「はい?」 「『待てよチカ、俺も行くー』」 「っ……」  声色を真似して言う白鷹に、大和が顔を真っ赤にさせて殴りかかるふりをした。 「怒るなよ。兄弟みたいに仲良しで微笑ましいじゃねえか、お前ら」 「……白鷹くんも休憩どうぞ。ゆっくりしてきてください」  スマホをポケットにしまって、白鷹がスタッフルームへ向かう。すれ違いざまにまた俺の頭をポンと叩き、それを見た大和の顔が更に赤くなった。 「何なんだよ、もう。あいつ」 「気にするなって。大和、俺何すればいい?」 「それじゃ俺が店内のディスプレイ替えるから、チカは店頭のボディに今日入荷のTシャツ着せてくれるか。寒いから上に何か着てけよ」 「ん。了解」  レジ横のハンガーにかけておいた上着を羽織り、店頭に向かう。通りを照らしている陽は明るく暖かそうだが、あいにくこの場所は建物の陰になっていて、ちっとも陽が当たらない。  俺は両手に白い息を吐き、入口の脇に飾ってある、男の上半身を模したプラスチック製のボディを手に取った。 「お疲れ様です、寒いですね。どうですか、今日? お客さん入ってます?」  外にいるとどうしても、近隣店舗のスタッフと顔を合わせることになる。俺と同じく外で作業をしていたアクセ屋の女子スタッフが、わざわざ作業の手を止めて話しかけてきた。 「あんまり。昨日と同じくらいじゃないですか」 「ウチもですよ。あ、そういえば今日、政迩くんの所すごいおっきい男の人いますよね。新人さんて雰囲気でもないし、ヘルプの人ですか?」 「向こう側の店の人です」 「ああ、グラヴィティ・ヘルの。いいですね、政迩くんの店イケメン揃いで」  話しかけられるのは構わないが、男女問わず、お喋りな奴はどうも苦手だ。しかも大和が毎日俺の名前を連呼するから、この辺りのスタッフはみんな俺の名前を知っている。人見知りする俺としては、親しくない人間に名前で呼ばれるのはあまり良い気がしない。 「あたし昨日、美容院行ったんですよ。似合います? 政迩くん的にどうですか?」  ぐるぐる巻きの金髪に紫色のエクステと、冬なのに剥き出しの肩と脚。見ている分には可愛らしい。女というよりも、まるで空想上の生き物みたいだ。思わず笑いそうになってしまった。 「政迩、何してんの。仕事中に女の子ナンパしてんなよ」 「あ、大和さんお疲れ様です」 「お疲れー。お姉さん頭すごいっすね、妖精みたいで超可愛い」  大和が出てきてくれたお陰で、ようやくボディ替えに集中することができた。しかし大和の心配性ぶりには、毎度のことながら驚かされる。俺が女に興味がないことは、大和が一番よく知っているだろうに。  ボディに服を着せ終えてから大和と手分けして残りのディスプレイを替え、そうこうしているうちに白鷹が戻ってきた。 「大和、ちょっといいか。さっき雑誌のスタイリストから電話きて、商品のリース頼まれたんだけど。こういうのっていつでも受けてるのか?」 「受けてますよ。雑誌に商品載せてもらえば、店舗名も住所付きで載るし」 「そっか、じゃあオッケーの電話しとくわ。それから入口のラック配置のことだけど……」  仕事の顔をしている男というものは格好良い。この二人だって、一日中ふざけているわけじゃないのだ。  その後も普段通りの仕事を一つずつ片付け、午後九時、ようやく閉店時間となった。今日も安定した売り上げだ。悪くはないが、良くもない。 「じゃあ俺、これからGヘルの方に顔出して帰るから。お前らも戸締りしっかりして帰れ」 「お疲れ様です。白鷹くん今日はありがとう」 「ん。明日も来るけどな。チカも気を付けて帰れよ。じゃ、アディオス」  半分閉めたシャッターを窮屈そうに潜り、白鷹が夜の東楽通りに消えて行く。  レジの清算をしながら大和が大きく溜息をつき、苦笑した。 「閑散期なのに、正月より疲れたって感じ。政迩はどうだった?」 「俺は結構楽しかったけど。白鷹さんと大和の掛け合い、見てて飽きないし」 「政迩には精神的ダメージがいかねえからな……」 「大和は何に対しても身構え過ぎなんだよ」 「……いっつも俺ばっかり嫉妬してるし。少しはお前だって嫉妬してくれてもいいのに」  不機嫌顔で電卓を叩く大和。俺はモップを床に滑らせながら、含み笑いして言った。 「それだけ俺が大和を信用してるってことだ。俺達もう四年も付き合ってんだから、今さら嫉妬なんてする必要ねえじゃん」 「ま、まあ確かにそうだけど」  満更でもない様子で、大和が鼻を高くさせる。  全く、面白いほど単純な性格だ。 「だろ? だから大和も、常に余裕持ってくれていいんだって」 「そ、そうだな。そうだよな」  自分に言い聞かせるように頷き、大和が嬉しそうに頬を弛める。明日になればまた白鷹に文句を言うことになるんだろうけれど、これで少しでも自信を持ってもらえればいい。  思えば大和は昔からそうだった。独占欲が強くて、部活中も常に俺のことばかりを気にしていた。そのせいで勝てる試合を逃したこともある。卒業式の夜なんて、まるで今生の別れとでもいうように号泣する大和を一晩かけて慰めた。翌日には、けろっとしていたけれど。  とにかく大和は、その時、その時の感情に素直な男なのだ。その素直さは時に可愛く、時に情けなくもある。想われて嫌な気はしないが、そのせいで他のことが見えなくなってしまうのは、大和にとって良いことではない。  いつか俺のせいで、大和の人生における貴重なチャンスを潰してしまうんじゃないかと、……不安になる。
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