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「これ、お二人にです。受け取ってください」
そう言って小さな箱を差し出したのは、先月に一度か二度、客として店に来たことのある女子高生だった。昔と比べると、最近の女子中高生は清楚なタイプが多い。金髪に小麦肌のルーズソックスなんて最近ではほとんど見かけなくなった。
「チョコ作ったんです」
ただ、皆同じで見分けがつかないということに関しては、今も昔も変わらないが。
「そっか、今日はバレンタインだもんな。貰っちゃっていいの? ありがとう」
受け取ったのは大和。この店の店長である、三浦大和だ。二十二歳、彼女ナシ。どちらかというと男らしく爽やかな見た目に比例して、中身も底抜けに明るい。だけど冗談好きでお喋りで、〝表向きは〟女好き。
「開けていい? うわ、超可愛い。ハート型じゃん、これマジで作ったの?」
「はいっ。今朝早起きして作ったから、出来たてなんですよ」
話しやすい空気を作ってくれるから、どんなに大人しそうな女の子でも大和の前では饒舌になる。頬を赤くさせて、愛らしい笑顔を浮かべて、普段より高い猫なで声で喋るのだ。
「お二人で食べてくださいね。ちなみに店長さんのはこっちの右半分で、政迩さんのが──」
そこで初めて彼女は、大和の隣でレジ台に寄りかかり、黙ってこの状況を眺めていた俺に顔を向けた。
「政迩さんのが、左側の半分の方です。……左にある、三個」
「良かったな、政迩。俺のおこぼれを貰えるぞ」
大和がニヤつきながら俺の肩に腕を回す。
「大丈夫、ちゃんと言われた通りに分けて食うからさ。わざわざありがとうな」
「はいっ。じゃあ私、これから部活の練習があるので。また来ますね!」
「うん、気を付けて」
短い制服のスカートを揺らしながら、名前も知らない女子高生が店を出て行く。俺はその後ろ姿が見えなくなってから、腕時計に視線を落として溜息をついた。オープンから三時間経過したが、今のところ売上はゼロだ。
二月と八月は「恐怖のニッパチ月」と呼ばれていて、他の月と比べると極端に売上が落ちる時期だ。俺達の雑貨屋も、隣のアクセ屋も、正面の服屋も、販売職の人間なら誰もが知っている。
春物を買うにはまだ早いが、冬物はもう要らない──暑いか寒いかの違いだけで、八月もだいたい同じ理由だ。どんなに安い物でも、一つ一つの売上がモノを言う、閑散期。
この「東楽通り商店街」は、正月や長期休暇中には全国各地から観光客がやって来ることで有名な通りだ。外国人も多く、常に大勢の人で賑わっている。それにも拘わらず、ニッパチ月には例外なく通り全体の売上が落ちるのだから、商売の法則とは不思議なものである。
そんなわけで今月に入ってからの俺達は、入店してきた客を逃さないよう、少しでも売上に繋がるよう、あらゆる手を使って躍起になっていた。
が、今日に限ってはその努力も全て無駄らしい。
二月十四日。
入ってくる客は買い物をする気なんて少しもない、手作りのチョコを持った女子供、もしくは近隣にある店の女子スタッフだけ。殆ど俺達二人しか使わないスタッフルームには、朝から今の時間までに貰ったチョコの箱が山のように蓄積されてある。
「東楽の人達ってほんとマメだよな。毎年クリスマスとかバレンタインになると、何かしら持って来てくれるし」
大和が苦笑して、貰ったばかりの箱をレジカウンターの上に置く。それから俺の方へ顔を向け、今度は更なる苦笑いを浮かべて言った。
「それにしてもさ、チカ。お前もう少し愛想良くしろよ。女の子達は『二人に』って言ってるけど、本当はお前だけを目的で来てるんだぞ。それくらい分かるだろ、ハンサム兄さん」
「だって、愛想良くしたって結局売上には繋がらねえもん」
「いま繋がらなくても、次の来店の時に繋がるかもしれねえじゃん。接客は笑顔だぜ、笑顔。笑ってみろ、な?」
「………」
腕組みをしたまま無理に口角を上げて引き攣った笑顔を作ると、大和が「駄目だコレ」と心底呆れたような溜息をついた。
「お前、顔は整ってんのに中身がなぁ。極端に女に冷たすぎるんだよ」
「俺が冷たくしてるのは女にじゃない」
「じゃあ、俺にか?」
頷くと、大和が大袈裟に笑って俺の肩を叩いた。
「なんだよ、心配してんの? 大丈夫だって、俺は女子高生なんかに手ぇ出さねえよ」
「どうだか」
「ていうか女子高生に限らねえ。チカだけだって。分かってんだろ……」
二月、しかも平日の昼間。客が来ないと暇で嫌になるけど、こういう時は有り難い。俺は大和のキスを頬に受けながら、ぼんやりとそんなことを思った。
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