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現世最後の日(1-1:昼時)
これは、はるか遠い昔・・・地上の文明でいえば、古代ローマ時代程度か・・・そんな大昔の物語だ。
今、その大昔に存在した名もない一つの街に、一軒の裕福そうな家が建っている。家には南向きの大きな窓がついていて、そこから、一人の少年が、センターパートのダークブロンドの髪をかき上げながら、机に向かって勉強をしているのが見える。明るいブラウンの瞳は真剣そのものだ。
回答が済んだようだ。少年は、黒い石板を、机の向かい側に座っている大柄な大人の男に手渡した。男は、瞳の色は少年と同じだったが、髪と顎鬚は炭のように黒々としていた。
少年の名はアシスといい、男の名はフゼアといった。
「・・・よし、午前中はここまで。よくできた、アシス」
フゼアは、アシスの頭を撫でようと手を伸ばした。
が、アシスに、ひょいと避けられてしまった。
「ちょっと、俺、子供じゃないんだから」
そう言いながらも、アシスの顔は笑っている。
フゼアは、アシスが生まれた時からずっと面倒をみてくれている使用人・・・要するに、この家の召使だ。知識と教養が豊かなので、アシスは、学校に行く代わりに何でもフゼアから習っていた。
アシスにとってフゼアは、使用人以上の存在だった。父親同然と言っても過言ではない。アシスには父も母もいたけれど、本心では、フゼアを断然慕っていた。
父のオグモスは、金属の細工師で有能かつ富裕なのだが、仕事に忙しく、あまりアシスに接することがない。そのくせ、顔を合わせると口うるさいので、鬱陶しいとアシスは思っていた。
母のシレリアナは、いつも家にいることはいるが、髪型やメイクばかり気にしているし、家事と使用人への指図に忙しくて、やはりフゼアのようには、アシスにかまっていられなかった。時々、貴重なお菓子をくれようとしたり、なにか望みはないかと聞いてきたりするが、アシスには、気まぐれの偽りの優しさにしか思えなかった。
だいたい、望みを言ったところで、叶えてもらったことは一度もない。
たとえば、
「夕飯は、肉にして」
「もう、魚を買ってきちゃったの」
だの
「明日は、勉強しなくてもいい?」
「勉強はいくらしても、しすぎることはないんだから」
だの
「相談したいことがあるんだけど」
「お父さんとしたほうがいいでしょう。また後でね」
だの。アシスは、期待を持たないということを学んだ。
その点、フゼアは違う。
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