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現世最後の日(1-2:昼時)
自分の話や質問をよく聞いてくれて、できるだけ丁寧に答えてくれる。アシスに甘いかといえば、そういうわけでもないのだが、アシスは、フゼアにはちっとも反感を覚えなかった。彼の忠告には、なぜか素直に肯けた。
「ね、先生」
フゼアのことを、アシスは「先生」と呼んでいる。
「ん」
「今日さ、午後の勉強はお休みしていい?」
「んんん」
フゼアは「さて困ったぞ」というふうに苦笑して、顎鬚を触った。
オグモスなら、ここで一言、
「駄目に決まってる」
で終わりである。シレリアナは、夫に絶対服従だから、アシスの味方にはついてくれない。
しかし、フゼアはこう言ってくれる。
「なにか理由があるんだな? なんだ?」
にこやかな顔で尋ねてくれるのだ。アシスは、嬉しくなる。
「あのね、アヌーシュカと約束」
アシスは、口元の緩みを隠そうとした。けれど、楽しみでたまらないという表情は、隠し切れるものではない。目尻もすっかりさがっていた。
アヌーシュカというのは、アシスの、いわばガールフレンドである。とはいっても、まだお互い十四歳で、小さい時からの遊び友達だから、今でも恋人というよりはずっとフレンドに近い関係だ。
「ふうん、そうか。・・・しかし、ご主人がなんと言うかな?」
フゼアは言葉を濁して、ちょっと困った顔をした。オグモスからは、朝から夕方まで、週に六日はアシスに勉強させるように言い付けられているのだ。午後は、今日は、数学と物理の予定だった。
「いいよ、父さんなんてどうせ日中いないじゃん。母さんの目さえ、ごまかせればさあ」
「それがな、今日はご主人が昼食にお戻りになると、さっき聞いたんだ」
アシスは、落胆した。
そんな、馬鹿な。なんでよりによって、今日なんだ。俺は、呪われの身か? なにか悪いことをしたとでもいうのだろうか。
いや、今のフゼアの言葉は何かの間違いだろう。聞かなかったことにしておこう・・・。
「ただいま」
威圧感あふれるオグモスの声が、アシスの耳にもしっかと届いた。
かくてアシスは、望みを捨てるほかなかった。
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