現世最後の日(1-2:昼時)

1/1
前へ
/243ページ
次へ

現世最後の日(1-2:昼時)

 自分の話や質問をよく聞いてくれて、できるだけ丁寧に答えてくれる。アシスに甘いかといえば、そういうわけでもないのだが、アシスは、フゼアにはちっとも反感を覚えなかった。彼の忠告には、なぜか素直に肯けた。 「ね、先生」  フゼアのことを、アシスは「先生」と呼んでいる。 「ん」 「今日さ、午後の勉強はお休みしていい?」 「んんん」  フゼアは「さて困ったぞ」というふうに苦笑して、顎鬚を触った。  オグモスなら、ここで一言、 「駄目に決まってる」 で終わりである。シレリアナは、夫に絶対服従だから、アシスの味方にはついてくれない。  しかし、フゼアはこう言ってくれる。 「なにか理由があるんだな? なんだ?」  にこやかな顔で尋ねてくれるのだ。アシスは、嬉しくなる。 「あのね、アヌーシュカと約束」  アシスは、口元の緩みを隠そうとした。けれど、楽しみでたまらないという表情は、隠し切れるものではない。目尻もすっかりさがっていた。  アヌーシュカというのは、アシスの、いわばガールフレンドである。とはいっても、まだお互い十四歳で、小さい時からの遊び友達だから、今でも恋人というよりはずっとフレンドに近い関係だ。 「ふうん、そうか。・・・しかし、ご主人がなんと言うかな?」  フゼアは言葉を濁して、ちょっと困った顔をした。オグモスからは、朝から夕方まで、週に六日はアシスに勉強させるように言い付けられているのだ。午後は、今日は、数学と物理の予定だった。 「いいよ、父さんなんてどうせ日中いないじゃん。母さんの目さえ、ごまかせればさあ」 「それがな、今日はご主人が昼食にお戻りになると、さっき聞いたんだ」  アシスは、落胆した。  そんな、馬鹿な。なんでよりによって、今日なんだ。俺は、呪われの身か? なにか悪いことをしたとでもいうのだろうか。  いや、今のフゼアの言葉は何かの間違いだろう。聞かなかったことにしておこう・・・。 「ただいま」  威圧感あふれるオグモスの声が、アシスの耳にもしっかと届いた。  かくてアシスは、望みを捨てるほかなかった。
/243ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加