或る猛獣の運命

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 或る猛獣とはチーター。名をナマオと言ってチーターの例に漏れず顔がちっちゃくて体がスマートで猛獣の中でもプロポーションが抜群でカッコいい。だけど、ナマオは生来の怠け者。それで狩りをするのでも楽をしたいものだから足の遅い獲物しか狙わなくなり、また、走る鍛錬を怠り、年を取るにつれて足の衰えが顕著になり、大好物のトムソンガゼルを最早、捕らえられなくなってしまった。そうなると、トムソンガゼルを間近で見ても涎を流すばかりで全く埒が明かない。そればかりか最近ではネズミを捕ることすら一苦労。だからネズミを捕ることもやめて栄養がほとんど摂れなくなって到頭、よぼよぼ爺さんのように痩せ細ってしまった。  そうして困り果てている時、突如として上空に油然と黒い雲が広がり、辺りが不穏な色に染まり、宵の口のように薄暗くなったかと思うと、ナマオの目の前に網代笠を被った雲水姿の老人がぬうっと現れて、にやにやしながらチーター語で喋った。 「おい、景気の悪い面をしておるなあ、いや、それどころか今にもくたばりそうではないか。」  ナマオは驚愕すると共に不思議の感に打たれ、答えるのに戸惑った。チーター語で喋った事も然る事ながら人間自ら自分の眼前に現れるとはどういう訳だと不思議に思ったのだ。おまけに人間を襲おうとしない自分にも不思議に思いながらナマオは現状を吐露した。 「ああ、俺はもう駄目だ。生まれついての怠け者だから、すっかり焼きが回っちまって、どうにも素早く手足が動かなくなって、ネズミ一匹獲れやしねえ。第一、しんどくて獲る気にもならねえ。全く話にならねえざまよ。」 「ハッハッハ!こいつは愉快じゃ。わしはお前みたいなやる気のない奴が好きじゃ。死なせるのは惜しい。そこでどうじゃ、わしに頼んでみないか。」 「頼む?頼んでどうなるって言うんだ?」 「頼めば、お前の願いをかなえてやる。」 「はぁ?願いをかなえてやるだ?お前、何者なんだ?」 「聞いて驚くな、わしゃ、神じゃ!」 「か、神?へへへ、笑わせらあ、お前みたいな変な神が、って言うか、神なんかこの世にいるものか。」 「じゃあ、そうじゃな。」と老人は言ってから足元の石ころを拾い、「こいつをこうしてじゃなあ。」と言いながら石ころを手で揉むと、なんと石ころがマシュマロのように柔らかくなって次にそれを両手で引き延ばして平らにして紙に変えてしまった。 「どうじゃ、これ、紙、わし、神、そんな冗談は置いといて、わしは今、紙になる様に念じながら、この石ころを紙に変えた訳じゃ。」 「と、と、とすると」とナマオは驚愕しながら話し出し、「俺が願えば」と言ってから俄かに改まって、「あの、あなた様がかなえてくださるとおっしゃるのは本当でございますか?」 「ああ、ほんとうじゃ。わしが念ずれば、何でも変えることが出来るのじゃ。」 「で、では、そこにある大きな石をトムソンガゼルの肉に変えることは出来ますか?」 「それは出来ん。」 「えっ?」 「それは出来んが、お前の肉体を改造することは出来る。」 「に、肉体を?ですか?」 「ああ、例えば、パワーアップするとか。」 「ぱ、パワーアップ?」 「ああ、つまり筋力強化じゃ。」 「と、と言うことは足が速くもなるのでございますか?」 「そうじゃ。」 「ど、どのくらい速くなるのでございますか?」 「んー、そうじゃな、それを言う前に時に聞くが、お前、全盛期に何キロくらいで走ってた?」 「最高速度で御座いますか?」 「そうじゃ。」 「えーと」とナマオは考え出し、鯖を読んで言えば、神が見栄を張って、それ以上にしてくれると目算して言った。 「130キロは出ていたと存じます。」 「ハッハッハ!嘘を申せ、幾らチーターでも120キロくらいが限界じゃ。わしは万物の創造者じゃから何でもお見通しじゃ。」 「仰る通り、恐れ入ってございます。」 「うむ。して本当のところ、何キロ出てた?」  そう問われてナマオは正直に言った。 「わたくしは怠け者で御座いますが、若い頃は同輩同様、120キロは出ていたと存じます。」 「うむ。では200キロ出るようにしてやろう」 「に、に、200キロ!」とナマオは目を丸くして驚き、鯖を読む必要は更々なかったと思った。 「そうじゃ、じゃからお前の好物のトムソンガゼルを余裕綽々で捕食できるようになるぞ!」 「そ、それはほんとうでございますか?」 「うむ、神に二言はない。」 「で、ではパワーアップをお願いします!」 「よし、きた!」  老人は二つ返事で引き受けると、ナマオの頭に手をやり、「パワーアップ!」と唱えた。  すると、ナマオは全身の筋肉が隆々と盛り上がって来て見違えるほど逞しくなってしまった。 「どうじゃ、筋肉が付いたじゃろ。」 「へえ、す、すごいでございますねえ!」 「うむ、うむ、じゃあなあ。」と老人は言ってから先程の大きい石を軽々と持ち上げ、トムソンガゼルになあれと唱えながら楽々と放り投げてしまった。  すると、なんと大きい石がトムソンガゼルに変身して一昔前の青春ドラマみたいに赤い夕陽に向かって駆けて行った。 「よし、一つためしにあのトムソンガゼルを追っかけてみよ!」 「へーい!」とナマオは従順に元気よく返事をすると、勢いよく駆けだして猛スピードでトムソンガゼルを追っかけて行って、あっという間にトムソンガゼルに追い付いた。ところが捕らえようとした瞬間、急に足がもつれて転んでぶっ倒れたまま絶命してしまった。  日頃から怠けていたナマオは、体がなまっているところへ持って来て四肢を急に早く動かしたものだから心拍数が急激に上がって心臓が耐えられなくなって心臓麻痺を起こしてしまったのだ。その死にざまを見届け、ナマオの魂を抜き取った老人は笑いながら言った。 「まんまと罠にかかったわい。死に急ぎよって、ハッハッハ!わしの思う壺じゃ、ハッハッハ!」  老人は神は神でも死神だったのだ。
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