とにかく痛い死神

2/2
前へ
/40ページ
次へ
 こないだ3分遅れただけで終日不機嫌になったからなあ・・・  茂雄は気の短い琴美の事を恐れながら小走りに待ち合わせ場所に向かっていると、前方に蹲っている男を認めた。  茂雄は見過ごす訳にはいかなくなって立ち止まると、膝に手を置き前かがみになって聞いてみた。 「どうしたんですか?」  すると、男は項垂れた儘、呻いた。 「痛い・・・」 「何処が痛いんですか?」 「痛い・・・」 「何処がですか?」 「痛い・・・」 「だから、あの、何処が?」 「痛い・・・」  痛いとしか言わない男に茂雄は囚われてしまい、男の顔を覗き込もうとすると、男は卒然、顔を上げて声のトーンをソプラノに引き上げて言った。 「とにかく痛い死神です!」 「えー!」と茂雄が驚きの声を上げると、男は声のトーンをバスまで引き下げて言った。 「あなたは私に憑りつかれたのです!」 「えっ!」 「あなたの不幸が始まりました!」 「えっ?あっ、そ、そう言えば」と茂雄はあたふたしながら腕時計を見ると、「あっ、やばい!」と叫ぶや、男を残して待ち合わせ場所に向かって駆け出した。  何だったんだ?今の奴は?  駆けながら茂雄は不可思議になり、奴の所為でまた遅れてしまう~と焦燥感に駆られながら突っ走り、待ち合わせ場所まで来たが、琴美はいなかった。  腕時計を見ると、約束の時間より5分遅れていた。  あーあ、怒ってどっかへ行っちまったんだ、はあ、なんて気が短いんだ、はあと茂雄が息を上げながら嘆息しているところへ、さっきの男が息も上げずにひょっこり現れて軽い調子で言った。 「ね、不幸が始まったでしょ!」 「お、お前は一体、何者なんだ!」 「だから言ったでしょ。死神です。」  そう言われて茂雄は男を矯めつ眇めつ眺めてからぽつりと言った。 「マジで?」 「はい。」  極普通の中年男にしか見えないので茂雄はきょとんとして暫くの間、男と顔を見合わせた。が、こんな奴と関わってると、もっと不幸になると思ったので急いでその場を離れた。  奴はどうやって俺に追いついたんだろう?追いかけて来たのだろうか?否、背後からそれらしき足音は聞こえなかった。第一、奴は息を全然上げていなかった。全くアクロバティックな奴だ!まるで俺は奴に本当に憑りつかれたみたいだと茂雄は再び不可思議な気分になり死神と号する男のことを思ってブルーな気分になり今、何処にいるのだろうと琴美のことを思って更にブルーな気分になりながら街中を当てもなく彷徨っていると、背後から不意に声を掛けられた。 「ちょっとあなた!」  茂雄は思わず振り向くと、例の男であることが分かり、背筋に冷たいものが走った。 「あなた、知りたくないですか?」 「えっ、な、何を?」 「5分後のあなたを・・・」  そう言われて茂雄は死神と名乗るからには不吉なことを言うに違いないと思い、敢えて無視してすたすたと歩いて行った。  すると、5分後にカフェで例の男とお茶している琴美を窓越しに発見した茂雄は、これは一体全体、どういうことなんだ?!と訳が分からなくなりながら驚愕した。  兎にも角にも茂雄は男から琴美を引き離そうとカフェの中へ入ってみると、例の男だとばかり思っていた男がもっと若い男であることが分かったので俺は錯覚したんだと思い、自分に琴美が気づいても相手の男と談笑するのを止めないのを見てナンパされて俺を見捨てたんだと失望した。その内、そう言えば、さっきメールの着信音が鳴ったなあと気づき、琴美からかと思ってスマホを取り出し、メールを確認すると、「彼氏かえちゃったサヨ~ナラ~(´Д`)o尸」とあった。だから茂雄はショックの余りその場に膝から崩れ落ちた。  彼は未練があったもののどうすることも出来ず、よろよろと立ち上がると、ゴルゴタの丘で磔刑(たっけい)に処せられたキリストの如く項垂れ、肩を落とした儘、すごすごとカフェを出た。そうして喪家之狗の如く暗然とした面持ちで歩いていると、またもや背後から不意に声を掛けられた。 「彼女に振られましたね!」  茂雄は奴だと気づいたが、相手にしまいと振り向きもせず、無言で無気力に依然として失望しながら歩き続けた。  男はついて来ながら言った。 「そっちへ行くと、5分後、痛い目に遭いますよ!」  そう言われても茂雄はその時、落ち込む余りどう転んでも構わないと思う程、自棄気味に生きる気力がなくなっていたし、これ以上不幸なことは起こり得ないとするバイアスがかかっていたので只々惰性的に進んで行った。  男は猶もついて行き、5分経つと、茂雄のジーンズの後ろポケットから財布を抜き取って言った。 「今、スリに遭いましたよ。」 「ああ、そう・・・」と言うだけで確かめようともせず沈み切った体の儘、歩いて行く茂雄に追い討ちをかけるように、「そっちへ行くと、5分後、とんでもなく痛い目に遭いますよ!」と男はにやにやしながら言って立ち止まった。  すると、5分後、キモオタ風情の青年が疾風怒濤の勢いで茂雄に向かって駆けて来て茂雄にぶち当たりざまナイフを茂雄の胸に突き立てた。  言わずもがな通り魔だった。刺さりどころが悪く呆気なく息絶えた茂雄のところへやって来た男は、「だから言わんこっちゃない。」と言いながら屍から魂を抜き取った。で、にんまりして魂に言った。 「ね、痛かったでしょ。」
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加