ろくろ首になった女

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 夫に浮気され逃げられ悔しくて妬ましくて恨めしくて憎らしくて来る日も来る日も泣きわめく祥子。  いっそ一思いに死んで化けて出て取り殺してやると思うまでに至ったが、復讐せずには死なれないという気概が生まれ、夫と浮気相手の女、栄子を殺してから死のうと決意した。  それで夫の車に設置したGPSロガーで栄子の借家を突き止めていた祥子は、目の下にクマを作り、おどろの髪同様身なりも乱し、やつれ切った姿で凶器の包丁を忍ばせて夜明け前、マイカーで出発した。  夜が白々と明ける頃、目的地に着いた祥子は、マイカーから降りた丁度その時、借家の屋根の棟から肌が赤く長い鼻を持ち山伏の格好をした男が背中に生えた両翼を広げながら空中滑走して彼女の前に舞い降りて来た。 「おい、妙齢の女だというのに、どうしたというのだ、その恰好は?」  無謀にも祥子は借家の玄関ドアの鍵をどうやって開けるのかも考えずに只々夫と栄子を殺すことに囚われてやって来た位だから天狗と思しき者を見ても然程、驚きもせずに破れかぶれに答えた。 「あたしはねえ、夫に浮気をされ、逃げられ、絶望して、こんな有り様になっちまったんだよ!」 「う~む、それは気の毒だ。だとすると、怨念を晴らしたいであろう。」 「当り前よ!そのためにここへやって来たのよ!」 「ということは夫がこの借家に住む女と浮気をしているのだな。」 「そうよ!」 「しかし、お前さん、どうやって借家に入るつもりだ?」 「あっ・・・」と今更、祥子は気づいた。 「ハッハッハ!その様子だと浮気夫が今、この借家にいるかどうかも考えずに来たんだろ。」 「いや、それは夫の車が停めてあるから確かにいるわよ!」 「そうか、しかし、お前さん、よっぽど精神的に参っておるな。」 「大きなお世話よ!ほっといてよ!」 「いや、ほっとけんよ。実はわしはお前さんの只ならぬ気配を感じてお前さんを飛行しながら追っかけて来たんだからな。」 「えー!」と祥子は我知らず叫んだ。 「ハッハッハ!やっと驚いたか。わしは見ての通り天狗だ。だから、お前さんの力になってやれる。鍵なんか開けれなくたって、わしの神通力を備えた道具を使えば、確実に殺すことが出来る。」  天狗はそう言うと、右手に持っていた羽団扇を差し出した。 「これのこの表側でな、自分の首に向かって首よ長くなあれと念じながら扇ぐと、ろくろ首のお化けみたいに首が長くなるから、ここでそうすれば、この借家の窓をお前さんの頭で突き破ることが出来て浮気夫と女を恐怖の極致に追い詰めることが出来て二人を首で絞め殺すことが出来るのだ。どうだ。これを貸して欲しいか?」  祥子は鬼気迫る顔で頷いた。  という訳で羽団扇を使ってろくろ首になった祥子は、借家の窓を頭で突き破って首を其の儘、伸ばして行って夫と栄子の枕元に徒でさえ恐ろしくなっていた顔をガラスの破片の切り傷で血塗れにして現した。  すると窓を突き破る音で泡を食いながら目を覚ましていた二人は、祥子のおどろおどろしい顔のみならず白蛇のようにうねる長い首を見たものだから、「ギョエー!」と裂帛の悲鳴を上げた。  その後も恐怖のあまりキャーキャー泣き叫ぶ栄子と許してくれ!と必死に叫ぶ夫の体に首で白蛇の如く巻き付いた祥子は、じわじわと二人の体を締め付けて行って二人のもがき悶え苦しむ断末魔の有り様をじっくり楽しみながら二人の内臓を破裂させ、二人を絞め殺してしまった。  それから思い残すことが無くなった祥子は、忍ばせていた包丁を取り出すと、首を刺して自害した。  それを見届けた天狗は、赤ら顔を然も満足げににんまりさせたかと思うと元の死神の姿に変化(へんげ)して祥子の亡骸と借家にある二つの亡骸から魂をちゃっかり掻っ攫って行った。
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