御前様と白雪姫

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 その昔、下野の国に祇園城という艶やかな城がありました。そこにとても妬み深く自惚れの強い御前(ごぜん)様が住んでいました。  御前様はあらゆる国の中で一等美しいと専らの評判で自身もそう信じ込んでいました。  22歳の時、御前様は雪のように白い肌をした女の子を産みました。ですからその子は白雪と名付けられ、皆から白雪姫と呼ばれるようになりました。  10歳になると、白雪姫は白い肌そのままに黒檀のように黒く糸のように長い髪を持った、とても美しい姫君に成長しました。  それでも御前様は美しさに於ける頂点の座は盤石じゃと思う心に変わりはありませんでした。  或る日のこと、大層、珍しい鏡を所有する男がいるとの噂を耳にした御前様は、興味津々になって、その男を謁見所に呼び寄せることにしました。 「そなたが大層、珍しい鏡を持つ男であるか?」 「へえ、左様でございます。」 「では、風呂敷を解いて見せてみよ。」 「へえ。」と男は返事をして言われた通りにすると、枠と柄に赤い漆塗りが施された手鏡が出て来ました。 「一見したところ何の変哲もない手鏡のようじゃが、どのように珍しいのじゃ?」 「へえ、あの、こう、普通に持ちまして映った自分の顔に向かって鏡よ鏡、鏡さん、この世で一番美しい人はだあれ?と問いかけますと、正直に一番美しい人の名を答えるのでございます。」 「その鏡がか?」 「へえ、左様でございます。」 「それは確かに珍しい鏡じゃ。わらわは大変、欲しくなった。幾らなら譲る?」 「へえ、幾らもしません。只で献上いたしたく存じます。」 「なんと、只!それはありがたいことじゃ!」  という訳で御前様は大喜びで手鏡を受け取り、男に褒美を取らせて只より高い物はないとほくそ笑む男を退かせ、早速こっそりと独りで試してみました。 「鏡よ鏡、鏡さん、この世で一番美しい人はだあれ?」 「それはあなた様のお子様の白雪姫です。」 「えー!」  自分だとばかり思って楽しみにして聞いてみたのに意外な答えを聞いて御前様は驚愕したのです。  で、日を追うごとに白雪姫は美しくなるばかりですし、何度、試しても手鏡が同じ答えを言うものですから元々妬み深い御前様は、白雪姫が日に日に憎らしくなり、恨めしくなり、遂に手鏡にどうしても一番美しい人は御前様ですと言わせたくなって、それには白雪姫を殺せば良いと考えるようになってしまいました。  そんな折、有毒ガスを発する殺生石を所有する男がいるとの噂を耳にした御前様は、お誂え向きじゃ、何と都合が良いのじゃと思い、その男を謁見所に呼び寄せることにしました。 「そなたは手鏡をわらわに奉った者ではないのか?」 「へえ、再度、お目に掛らせてもらいまして誠に光栄に存じます。」 「そなたは珍しい物をいろいろ持っておるようじゃな。」 「へえ、その中でもこれは物凄い代物でしてあの伝説の妖女玉藻前が那須野原で殺生石になったという、その物でございます。」 「なんと!そうか、それは誠に物凄い!して、どうやれば有毒ガスが出るのじゃ?」 「へえ。」と男は返事をすると、風呂敷を解いて殺生石を取り出しました。「これを置く前に左右に一回ずつ振るのでございます。すると、中の赤いマグマが動き出して有毒ガスを発する準備が整うのでございます。そして置くだけで有毒ガスが噴き出すのでございます。」 「ほう、そうか、簡単であるな。」 「へえ、至極、簡単でございます。」 「ふむ。では、それを譲ってほしいが、それも只か?」 「へえ、只にて献上いたしたく存じます。」 「よかろう、それはありがたいことじゃ。」  という訳で御前様はしめしめと殺生石を受け取り、再び、男に褒美を取らせて只より高い物はないとほくそ笑む男を退かせました。  その晩、白雪姫が寝静まると、御前様は殺生石を携えて忍び足で白雪姫の閨房へ行き、襖を少し開け、殺生石を左右に一回ずつ振ってから中へ置き、襖を閉めました。  すると、暫くしてから、「苦しい!苦しい!」とのた打ち回り悶え苦しむ白雪姫の悲鳴が上がった後、直ぐに静かになりました。ですから確かめたくなった御前様は、襖を開けてみると、その途端、ガス煙が中から溢れ出て来ました。  で、しまった!一生の不覚じゃ!と叫んだ時には容赦なく自分の鼻の中へ入って来ましたので御前様はちょっと息を呑んだだけで毒に侵されバタンと音を立てて倒れ、白雪姫の死を確認することなく事切れてしまいました。  この親子を死に追いやったのは、手鏡と殺生石を御前様に献上した男に化けた死神でした。  
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