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人々は働く
1月6日
偉大なるファラオからは今のメルについて「今迄で最大で、かつ、これからも抜かれる事のない規模にせよ」と命じられている。
そのため、仕事仲間のエニスによると今回は過去最多の人数が集まっているらしい。
特に今はシャイト(洪水)で畑が使えない事もあり、常に石運びをしている専門の連中だけでなく、多くの農民がパンや酒、金粒を求めてやってくる。
その職種も、実に多彩だ。
単なる石運びをする力夫だけではない。力夫が纏うロインクロス(腰布)の補修や、彼らに食事を与える炊場には多くの女性が働いている。
石を削り出す為に銅のノミを用いるが、少し使うと刃先が丸くなって仕事にならない。なので、数百人ものノミ研ぎ職人がいる。
石工の仕事は、怪我との戦いでもある。
足や手を重い石に挟まれて怪我をする者は後を絶たないし、腰を痛める者も多い。また、不幸にも崩れた石の下敷きになって大怪我や絶命する者も居ない訳ではない。
だから医術師は常に忙しそうだ。
こうした多くの助力があって、初めてメル作りが成されている。
エニスが言うには、これら総勢で2万人近くが働いているそうだ。
それとは別に『数の内』に入れるべきか迷うような者達も近傍には居る。
職人達の多くは単身ではなく、家族全体でやってくる。
父親が力夫として働き、母親や娘が炊場で飯の用意や片付けをする。力の弱い子供は力夫の為に汗を拭く麻布や水を運んだり、伝令を手伝っている。
そうして一家でやって来るから、住居もそれなりのものが必要だ。
なので、住居を作る専門の大工達も此処には来ているのだ。
公設ではないが、市も存在している。
炊場に行けば誰でも飯を食えるが、家族ごとで働きに来ている者達は家で食事の支度をする事も多い。
なので、そうした自炊派の者達を相手にした野菜売りやナイルで捕れた魚の行商も軒を並べている。
夜になれば男達がたむろする盛り場も出来る。
そこには、シャマイエト(女性歌手)がやって来る事もある。その時は、更に男達の数が増える。
また、そうした男達を相手に商売する女達も居る。
彼女達は夕刻になると派手な化粧で盛り場へ現れ、そして男達と合流すると、何処へともなく消え去っていく。
職人達の女房からは何かと不評も多いが、そうした息抜きまで咎めると職人達の士気に関わるから『見て見ぬふり』と言ったところだ。
ナイルの神が畑に肥沃をもたらす此の時期、この場所は我がエジプトの中でも最も栄え、最も人間の匂いがする場所になるのだ。
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